監修 石田 大輔 (いしだ だいすけ)

名城法律事務所サテライトオフィス 代表

所属 / 愛知県弁護士会 (登録番号42317)

保有資格 / 弁護士

和解のする様子のイメージ

交通事故の示談交渉が行き詰まった時、「裁判しか解決方法がないのか」「弁護士に依頼すると費用が心配」と悩む被害者の方も多いでしょう。そのような状況で有効な選択肢となるのが、交通事故紛争処理センター(ADR)の利用です。

交通事故紛争処理センターは、裁判によらずに交通事故の紛争を解決するための専門機関です。無料で利用でき、専門性の高い解決が期待できる一方、利用条件や手続きの流れについて正しく理解しておく必要があります。

本記事では、交通事故紛争処理センターの基本概要から利用メリット、具体的な手続きの流れまで、利用を検討している方が知っておくべき重要なポイントを詳しく解説いたします。

この情報を参考に、適切な紛争解決手段を選択し、公正な解決を実現していただければと思います。

交通事故紛争処理センターの基本概要

ADRとは何か?設立の背景と目的

ADR(Alternative Dispute Resolution)とは、裁判外紛争解決手続きのことで、裁判によらずに紛争を解決する手段の総称です。交通事故紛争処理センターは、交通事故に特化したADR機関として設立されました。

同センターは1974年に設立された公益財団法人で、弁護士会が運営しています。設立の背景には、交通事故紛争の増加と、裁判制度だけでは迅速かつ適正な解決が困難な事例が増えたことがあります。

センターの目的は、交通事故による損害賠償に関する紛争を、公正・中立な立場で迅速に解決することです。法律の専門家である弁護士が調停委員や審査委員として関与し、専門性の高い解決を図ります。

現在、東京、大阪、名古屋、福岡、仙台、広島、札幌、高松、金沢の9箇所に設置されており、全国の交通事故紛争に対応しています。各センターとも同一の基準と手続きで運営されています。

センターの組織体制と運営方針

交通事故紛争処理センターは、調停委員と審査委員により構成されています。調停委員は経験豊富な弁護士が務め、当事者間の話し合いを仲介して合意形成を図ります。

審査委員は、調停で合意に至らなかった場合に、事案を審査して解決案を提示する役割を担います。審査委員も弁護士が務め、交通事故の専門的知識と豊富な経験を有しています。

センターの運営方針は、迅速性、専門性、中立性の3つを柱としています。迅速性では、平均的に3~6か月での解決を目指しています。専門性では、交通事故に精通した弁護士が適正な解決基準を適用します。

中立性については、保険会社からの寄付等は一切受けず、公正な立場を維持しています。また、手続きは非公開で行われ、当事者のプライバシーも保護されます。

重要なのは、センターが示す解決案について、損害保険会社は原則として受諾する義務があることです。これにより、実効性のある解決が期待できます。

利用できる事案と申立ての条件

対象となる紛争の種類と範囲

交通事故紛争処理センターで取り扱えるのは、自動車事故による人身損害に関する民事紛争です。物損のみの事故は対象外となるため、注意が必要です。

人身損害には、治療費、休業損害、慰謝料、後遺障害による逸失利益、将来の介護費用などが含まれます。死亡事故の場合は、葬儀費用、死亡慰謝料、逸失利益などが対象となります。

自賠責保険や任意保険の保険金に関する紛争についても取り扱い可能です。ただし、保険契約の解釈に関する紛争や、保険料に関する争いは対象外となります。

また、加害者が保険に加入していない場合でも利用可能ですが、相手方が手続きに応じない場合は、手続きを進めることができません。相手方の協力が前提となることを理解しておく必要があります。

過失割合に関する争いについても取り扱い可能です。事故状況の認定から損害額の算定まで、総合的な解決を図ることができます。

申立てに必要な要件と制限事項

センターを利用するためには、いくつかの要件を満たす必要があります。まず、示談交渉を行ったが合意に至らなかったことが前提となります。交渉を全く行わずに申立てることはできません。

申立ては事故から一定期間内に行う必要があります。具体的な期限は設けられていませんが、時効の完成が近い場合や、証拠の収集が困難になった場合は、手続きが制限される可能性があります。

相手方が損害保険会社の場合は、原則として手続きに応じる義務があります。しかし、個人が相手方の場合は、手続きへの参加に同意しない限り、手続きを開始できません。

また、同一の事故について、既に裁判が提起されている場合や、他のADR機関で手続きが行われている場合は、センターでの手続きはできません。

センターでの手続きは1回限りが原則です。一度手続きが終了した事案について、再度申立てを行うことは原則としてできません。

センター利用の具体的なメリット

無料利用と専門性の高い解決

交通事故紛争処理センターの最大のメリットは、無料で利用できることです。申立て費用、手続き費用、調停委員や審査委員への報酬など、一切の費用負担はありません。

センターでは、交通事故の専門知識を有する弁護士が調停委員・審査委員として関与します。医学的知識、工学的知識、保険制度の知識など、総合的な専門性を活用した解決が期待できます。

損害額の算定についても、裁判所基準(弁護士基準)を参考とした適正な算定が行われます。保険会社が提示する任意保険基準より高額な解決が期待できる場合が多くあります。

手続きは非公開で行われるため、プライバシーが保護されます。また、和解的な解決を重視するため、当事者の感情的な対立を避けながら、建設的な話し合いが可能です。

解決までの期間も、裁判に比べて大幅に短縮されます。複雑な事案でも、通常6か月以内での解決を目指しており、迅速な紛争解決が可能です。

保険会社への拘束力と実効性

センターの解決案について、損害保険会社は原則として受諾する義務があります。これは、保険会社がセンターの設立に賛同し、その決定に従う旨を約束しているためです。

この拘束力により、保険会社が不当に低い金額を提示している場合でも、センターの審査により適正な金額での解決が期待できます。被害者個人では困難な保険会社との交渉も、センターの権威により効果的に進めることができます。

ただし、被害者側についてはセンターの解決案を受諾する義務はありません。解決案に納得できない場合は、裁判等の他の手段を選択することも可能です。

審査の結果提示される解決案は、過去の裁判例や損害算定基準に基づいた適正なものです。保険会社の恣意的な判断を排除し、客観的で公正な解決を実現できます。

また、センターでの合意は調停調書として作成され、確定判決と同様の効力を持ちます。履行されない場合は、強制執行も可能になります。

紛争処理手続きの流れと期間

調停手続きから審査までの詳細

センターでの手続きは、調停と審査の2段階で構成されています。まず調停手続きから開始され、合意に至らない場合に審査手続きに移行します。

調停手続きでは、調停委員が当事者双方の主張を聞き、争点を整理して合意形成を図ります。調停委員は中立的な立場から、法的な観点と実務的な観点の両面から助言を行います。

調停は原則として3回まで行われます。1回目は申立人の主張を聞き、2回目は相手方の主張を聞き、3回目で争点を整理して合意の可能性を探ります。

調停で合意に至らない場合は、自動的に審査手続きに移行します。審査では、審査委員が提出された証拠書類を検討し、必要に応じて当事者から事情聴取を行った上で、解決案を提示します。

審査における解決案の提示は1回限りです。被害者が解決案を受諾するかどうかを決定し、受諾しない場合は手続きが終了となります。

各段階では、当事者は代理人弁護士を選任することも可能です。ただし、弁護士費用は自己負担となります。

各段階での所要期間と準備事項

申立てから調停開始まで約1~2か月、調停手続きに約2~3か月、審査手続きに約1~2か月の期間を要するのが一般的です。全体で約4~6か月での解決を目指しています。

申立て後、センターから相手方に対して手続き参加の確認が行われます。相手方が参加に同意した時点で、正式に手続きが開始されます。

調停の各回は約2週間~1か月の間隔で開催されます。当事者の都合やセンターの予約状況により、期間が前後する場合があります。

審査段階では、追加の証拠提出や意見書の提出が求められる場合があります。医師の意見書や専門家の鑑定書など、損害の立証に必要な書類を準備しておくことが重要です。

手続き期間中は、他の機関での同種手続きや裁判の提起は制限されます。ただし、時効の中断が必要な場合は、適切な措置を講じることが可能です。

手続きが長期化する場合は、センターから進行状況の説明があります。複雑な事案では、予定より時間がかかる場合もあることを理解しておく必要があります。

必要書類と申立て方法

申立書の作成方法と添付書類

センターへの申立てには、所定の申立書の提出が必要です。申立書は各センターで入手できるほか、ホームページからダウンロードすることも可能です。

申立書には、事故の概要、争点、希望する解決内容などを具体的に記載します。事故状況図も添付し、損害の詳細についても分かりやすく整理して記載することが重要です。

添付書類として、事故証明書、診断書、診療報酬明細書、休業損害証明書、後遺障害診断書などが必要です。これらの書類は、損害の発生と金額を立証する重要な証拠となります。

示談交渉の経過を示す書類も重要です。保険会社からの提示書、被害者からの反論書、交渉の記録などを整理して提出してください。

相手方の保険会社や連絡先も正確に記載する必要があります。保険証券の写しや、担当者の名刺なども参考資料として添付することが有効です。

書類に不備がある場合は、センターから補正の指示があります。手続きの遅延を避けるため、事前に必要書類を十分に準備しておくことが重要です。

センターへの予約と相談の進め方

申立てを行う前に、センターでの事前相談を利用することをおすすめします。事前相談では、申立ての可否、必要書類、手続きの概要について説明を受けることができます。

事前相談は電話予約制となっています。各センターの受付時間内に電話をして、相談の予約を取ってください。相談は無料で、30分程度の時間が設けられます。

相談時には、事故の概要が分かる書類を持参してください。事故証明書、診断書、保険会社からの提示書などがあると、より具体的なアドバイスを受けることができます。

申立てを行う場合は、相談時に申立書を受け取り、記載方法についても指導を受けることができます。不明な点は遠慮なく質問して、適切な申立書を作成してください。

申立書の提出は、郵送または持参のいずれも可能です。持参する場合は、事前に連絡してから訪問することをおすすめします。

申立て後は、センターから手続きの進行状況について定期的に連絡があります。連絡先に変更がある場合は、速やかにセンターに届け出てください。

他の解決手段との比較検討

裁判や弁護士依頼との違い

センターと裁判の最大の違いは、費用と期間です。裁判では印紙代、予納金、弁護士費用などの負担が発生しますが、センターは完全無料です。期間も裁判では1~2年かかるのに対し、センターでは4~6か月での解決が可能です。

解決基準については、両者とも裁判所基準(弁護士基準)を参考とするため、大きな差はありません。ただし、裁判では判決により強制的に解決されるのに対し、センターでは当事者の合意を重視した解決が図られます。

弁護士に依頼する場合との比較では、センターでも弁護士が調停委員・審査委員として関与するため、専門性の面では大きな差はありません。費用面では、センターの方が有利です。

ただし、センターでは代理人として弁護士を選任することも可能です。複雑な事案や、専門的な主張が必要な場合は、弁護士と協力してセンターを利用することも効果的です。

証拠収集については、裁判では文書提出命令や証人尋問などの強制的な手段がありますが、センターでは当事者の任意の協力に依存します。証拠が不十分な場合は、裁判の方が有利な場合もあります。

最適な解決手段の選択基準

センターの利用が適している場合は、相手方が保険会社で、争点が比較的明確な事案です。保険会社の提示額に不満があり、適正な算定を求める場合には、センターは非常に有効です。

一方、過失割合について大きな争いがあり、詳細な事故状況の立証が必要な場合は、裁判の方が適している場合があります。証人尋問や現場検証など、より詳細な事実認定が可能だからです。

相手方が個人で、資力に不安がある場合も、センターでは強制執行ができないため、裁判の方が確実な場合があります。

時間的な制約がある場合は、センターが有利です。時効の完成が迫っている場合は、速やかな解決が期待できるセンターを選択することが効果的です。

費用面を重視する場合も、センターが有利です。弁護士費用特約がない場合や、増額の見込みが弁護士費用を下回る可能性がある場合は、センターの利用を検討してください。

複数の解決手段を組み合わせることも可能です。まずセンターで解決を試み、納得できない場合に裁判を選択するという戦略も有効です。

まとめ

交通事故紛争処理センターは、無料で利用でき、専門性の高い解決が期待できる有効な紛争解決手段です。保険会社に対する拘束力があるため、実効性のある解決が可能です。

手続きの流れは調停と審査の2段階で構成され、平均4~6か月での解決を目指しています。人身損害に関する紛争が対象で、裁判所基準に基づいた適正な算定が行われます。

利用にあたっては、事前相談を活用し、必要書類を十分に準備することが重要です。他の解決手段との比較検討も行い、事案に最適な方法を選択してください。

センターは示談交渉が行き詰まった場合の有力な選択肢です。適切に活用することで、迅速かつ公正な紛争解決を実現し、適正な補償を受けることができます。