示談交渉における事前準備と予備知識:示談成立までの注意点
目次
はじめに
示談交渉の意義と重要性
交通事故後の被害者が適切な賠償を受け取るための非常に重要なプロセスです。示談交渉は、裁判と比較して多くのメリットがあります。まず、時間と費用の節約が可能で、裁判のような長期化や高額な訴訟費用を避けることができます。
また、示談交渉では柔軟な解決が可能であり、当事者同士の話し合いで納得のいく結果を導き出しやすくなります。
例えば、軽度の追突事故で10万円の修理費用が発生した場合、示談交渉を通じて1ヶ月程度で解決できるケースもありますが、裁判になると、準備や手続きに時間がかかり、解決までに数か月から1年以上かかる可能性があります。そのため、示談交渉は迅速かつ現実的な解決手段として非常に重要です。
損害賠償請求の基本的な考え方
損害賠償請求は、事故によって被害者が被った実際の損害を可能な限り回復することを目的としています。これは、被害者が事故に遭わなければ負担する必要のなかった費用や損失を補填するために行われます。
具体的には、交通事故で2週間の入院と1か月の自宅療養が必要になった場合、入院や通院にかかる治療費、仕事を休んだことによる休業損害、また入院や通院による精神的苦痛に対する慰謝料などの費目が対象となります。
そのために、発生した損害を正確に把握し、必要な書類や証拠を揃え、適切な金額を請求することが不可欠です。被害者が公平かつ適切な賠償を受けるためには、これらの損害の全体像を明確にし、合理的な算定を行うことが重要です。
示談交渉の事前準備
事故状況の整理と証拠収集
示談交渉を成功させるためには、事故発生状況の整理と証拠収集が欠かせません。
発生状況の整理では、以下の点が重要となります。
- (1) 事故概要の整理 – 事故の日時、場所、状況をまとめます
- (2) 関係者情報の整理 – 当事者や目撃者などの連絡先を記録します
- (3) 経緯の整理 – 事故発生までの流れを時系列で記録します
- (4) 矛盾点や不明点の確認 – 証言の食い違いや不明点をチェックします
証拠の収集では、以下の点が重要となります
- (1) 写真やドライブレコーダー映像の確保 – 事故現場や損傷状況の記録を残します
- (2) 医療記録の確保 – ケガに関する診断書や治療記録を集めます
- (3) 医療記録の確保 – ケガに関する診断書や治療記録を集めます
これらのポイントに注意して状況を整理し、証拠を集めることで、交渉をスムーズに進めることが可能になります。
交渉相手の特定
交渉相手が損害保険会社なのか、加害者本人なのかを明確にします。一般的には、損害保険会社と交渉を行うこととなりますので、対応窓口となる担当者と連絡方法を確認します。例えば、「○○損害保険株式会社 △△支店 □□課の××さん(電話番号:000-1111-2222)」といった具合に、具体的に記録し、いつでも連絡が取れるようにしておきます。
損害保険会社によっては、メールやLINEでやり取りを行うことが出来る場合もありますので、複数の連絡手段を確保しておくことが望ましいです。メールやLINEだと、やりとりが文字として残りますので、齟齬が生じにくく、また連絡時間を気にしなくて良いというメリットがあります。
損害賠償額の算定方法
治療費
交通事故によるケガの治療に必要な治療費は、損害賠償金の対象となり、治療費、入院費、薬代などが含まれます。治療費は、医療機関が発行する診断書・診療報酬明細書に基づいて算定されます。
その他に、治療にまつわる関係費用として、通院費、看護料、入院諸雑費、義肢・装具代(義肢、眼鏡、コンタクトレンズ、補聴器、松葉杖などの制作費用)などがあります。
例えば、入院費20万円、通院費10万円、薬代5万円の場合には、全てを合計し、加害者側へ35万円を請求します。
なお、損害保険会社が窓口となるケースでは、損害保険会社が直接医療機関へ治療費を支払いしてくれることがあります。この場合は被害者側で治療費の立替が発生しませんので、加害者側への請求を行う必要はありません。治療費の支払い方法について、予め確認しておきましょう。
休業損害
交通事故により仕事を休まざるを得なかった場合、その間の収入に関する損失を休業損害として、必要かつ妥当な範囲で請求できます。
会社員の場合は、欠勤期間に対して事故前の給与相当額を基準として支払われます。休業損害の請求を行う場合には、会社が証明する休業損害証明書や源泉徴収票等が必要となります。
家事従事者の場合は、治療期間・日数、影響度合いが基準となります。家事従事者とは、家族のために家庭で料理や洗濯などの家事労働に従事する人のことであり、性別や年齢に関係なく、主婦・主夫などを指し、住民票や家族構成表等により家事従事者であることを証明することとなります。
自営業者の場合は事故の前年の確定申告書や所得証明書などの資料を提出することとなります。
なお、被害者が、各種資料により事故前の収入や休業したことを証明する必要がありますので注意が必要です。
入通院慰謝料
交通事故により医療機関への入院や通院を強いられたことによって生じる精神的損害に対して支払われます。自賠責保険基準、任意保険基準、弁護士基準のそれぞれの基準によって算定方法と金額は異なります。
例えば、自賠責保険基準における入通院慰謝料は、治療期間の日数×4,300円、またはその治療期間に実際に入院と通院をした日数×2×4,300円の金額のどちらか低い額が対象として計算されますが、弁護士基準ですと裁判例に照らし合わされた慰謝料算定表を基に入院と通院をした治療期間を掛けわせて慰謝料額が変動します。
例えば重症ではない怪我において、治療期間が120日でそのうち30日の入院と、その後60日の通院を行った場合は以下のように計算されることになります。
自賠責保険基準の入院慰謝料
- 1 治療期間120日×4,300円=516000円
- 2 実入通院日数90日×2×4,300円=774,000円
よって①の516,000円が適用。
弁護士基準の入通院慰謝料:
慰謝料算定表による入院1ヶ月、通院2ヶ月は690,000円
後遺障害による逸失利益
交通事故で後遺障害が残り、労働能力が低下または失われたことで将来得られたはずの収入の損失分を補償するものです。
これは被害者が事故に遭わなければ得られた収入を現在価値に換算して算定され、算定にあたっては、被害者の年齢や職業、事故前の収入、後遺障害の等級などが総合的に考慮され、個別に計算されます。
後遺障害慰謝料
交通事故により後遺障害が残った場合、後遺障害等級表に基づいて金額が算定されます。後遺障害は、障害の程度が一番重い1級から比較的軽いとされている14級まで細分化されており、認定された等級によって支払われる金額が変わります。
後遺障害等級を確定させるには、医師が作成する後遺障害診断書や医療機関が保管しているレントゲン・MRI等の画像データを保険会社に提出し、後遺障害認定審査を受ける必要があります。
将来の介護料
後遺障害が残り、常時介護あるいは随時介護が必要と認められた場合には、将来の介護料が支払われます。受け入れ先(施設・自宅)と担い手(家族・職業付添人)、障害の程度、被害者の年齢などにより支払われる金額が変わります。将来の介護料は、一時金・定期金のいずれかの方法で支払われ、一時金の場合、現在価値に換算して算定されます。
死亡による逸失利益
交通事故により死亡した場合には、将来得られたはずの収入を現在価値に換算して算定されます。被害者の年齢、職業、事故の前の収入、障害の程度、家族構成などを考慮して算定されます。
死亡慰謝料
交通事故により死亡した場合には、将来得られたはずの収入を現在価値に換算して算定されます。被害者の年齢、職業、事故の前の収入、障害の程度、家族構成などを考慮して算定されます。
葬儀費用
交通事故により死亡した場合、葬儀に要した費用も損害賠償金として支払われます。葬儀に要した実費を領収書などの資料により証明することで、社会通念上、必要かつ妥当な実費が支払われます。
物的損害
車両や携行品の損害は、修理費用や代替品の購入費用を基に算定します。例えば、車の修理費が50万円、代車費用が10万円の場合、物的損害は60万円となります。
ただし、車は物として扱われますので、減価償却を考慮し、時価額までの賠償となります。例えば、修理代金が80万円かかるところ、時価額が50万円だとすると、50万円が損害賠償額の上限となります。
なお、眼鏡についてですが、視力矯正用の眼鏡が破損した場合の代替品購入費用は、物的損害ではなく、人身損害として支払いの対象となります。眼鏡がないと生活に支障がでますので、身体の一部とみなします。一方、サングラスは無くても生活に支障が無いケースが殆どですので、物的損害として支払いの対象となります。
過失相殺の理解と対応
過失割合の確認方法
過失割合は、事故の発生状況、現場の状況、目撃者証言を基に判断されます。また、交通事故の類型別過失割合基準(東京地方裁判所民事第27部が編集した別冊判例タイムズ)を参考にします。例えば、追突事故の場合、追突した側の過失が100%となるケースが多いですが、急ブレーキ(*)などの事情がある場合は、追突された側にも過失が認められることがあります。
(*)道路交通法第24条(急ブレーキの禁止) 車両等の運転者は、危険を防止するためやむを得ない場合を除き、その車両等を急に停止させ、又はその速度を急激に減ずることとなるような急ブレーキをかけてはならない。
過失相殺が賠償額に与える影響
過失相殺により、損害賠償額が減額されます。例えば、総損害額が100万円で、被害者の過失が30%の場合、以下のように計算されます。 賠償額 = 100万円 ×(100% – 30%)= 70万円
過失割合の交渉テクニック
過失相殺により、損害賠償額が減額されます。例えば、総損害額が100万円で、被害者の過失が30%の場合、以下のように計算されます。 賠償額 = 100万円 ×(100% – 30%)= 70万円
示談交渉のプロセスと戦略
交渉の基本姿勢
冷静さを保ち、感情的にならないことが重要です。例えば、相手が非を認めない場合でも、「お互いの主張に食い違いがあるようですね。客観的な証拠と事実に基づいて話し合いましょう」といった冷静な対応を心がけます。
感情的になると冷静な判断ができなくなります。例えば、相手の態度に腹を立てて「もう話し合いたくない」と交渉を打ち切ってしまうと、適正な賠償を得る機会を失う可能性があります。常に客観的な事実に基づいて交渉を進め、必要に応じて休憩を取るなど、冷静さを保つ工夫が必要です。
効果的な主張と根拠の提示
主張には必ず客観的な根拠を提出します。例えば、会社員の人が休業損害を主張する際は、「休業損害証明書と前年の源泉徴収票をベースに計算すると、事故前3か月の平均月収は30万円です。1日あたり1万円の収入があったことになります。1か月の休業を要したため、休業損害は30万円となります」というふうに、客観的な事実に基づき、具体的かつ論理的な説明を行います。
譲歩と妥協のバランス
交渉では適切な譲歩も必要です。例えば、慰謝料の増額を求める代わりに、休業損害の一部を譲歩するなど、全体のバランスを考慮した交渉を行います。 また、どこまで譲歩できるのかという譲歩可能なラインを事前に設定しておくことも重要です。このラインを超えた場合は、弁護士に相談する、或いは調停や訴訟など別の解決手段も検討する必要があることを念頭に置いておきましょう。
示談書作成時の注意点
示談書の法的効力
示談書は法的拘束力を持つ重要な文書です。例えば、「本件事故に関する一切の請求権を放棄する」といった文言が含まれていた場合、署名・押印後に追加の損害が判明しても、新たな請求ができなくなります。そのため、署名・押印する前に内容を十分に確認し、理解することが必要です。
記載事項の確認と注意点
損害賠償額、支払方法、支払期限などの合意事項を明確に記載し、曖昧な表現を避けます。例えば、「賠償金額:100万円(内訳:治療費50万円、休業損害30万円、慰謝料20万円)」「支払方法:銀行振込」「支払期限:2024年12月31日まで」といった具体的な記載が望ましいです。また、「今後一切の請求をしない」といった包括的な権利放棄の文言には注意が必要です。
将来の請求権に関する対応
将来的に後遺障害が残る可能性がある場合は、条件付きで示談の合意を行うことを検討します。例えば、「後日、本件事故に起因して後遺障害が発生した場合には、別途協議する」といった文言を入れることで、示談時に発生を予想することが困難であった損害賠償費目について将来請求することができる余地を残すことができます。
ただし、ケガに関する示談を行う場合、医療機関が治療終了と認めた、或いは症状が完全に固定していることが前提となります。
示談交渉におけるポイントと注意点
示談交渉成功の鍵
示談交渉を成功させるためには、十分な準備、冷静な対応、適切な主張が鍵となります。例えば、事故直後から証拠を収集し、損害を正確に把握し、交渉の各段階で適切な主張と根拠を示すことが重要です。また、必要に応じて弁護士などの専門家の助言を受けることも検討しましょう。
早急な妥結の危険性
示談交渉は被害者の権利を守るための重要なプロセスです。例えば、安易に示談に応じて10万円の賠償で済ませてしまうと、後から50万円の損害が判明しても追加請求ができません。十分な情報収集と検討を行い、損害の全容が明らかになってから交渉を進めることが重要です。こうした適切な対応により、公平で適正な損害賠償を受けることができます。
一方的な譲歩の問題点
相手の主張に安易に同意せず、自身の権利を適切に主張することが大切です。例えば、「前方不注意だったあなたにも過失がある」と言われても、信号を守って走行していた場合は「信号を確認し、安全に走行していました」と主張するなど、客観的事実に基づいた正当な主張は譲らない姿勢が重要です。
示談不成立の場合の対応策
示談が成立しない状況では、弁護士などの専門家に相談することが重要です。専門家は法的なアドバイスを提供し、訴訟や調停の進め方、必要な証拠の準備などをサポートします。また、被害者の代わりに交渉や訴訟の手続きを進めてくれるため、安心して手続きを任せることができます。
これらの対応策を理解し、適切な手段を選択することで、示談交渉が思うように進まない場合でも冷静に対応できるようになります。特に、調停や訴訟に進む際には、手続きの流れや必要な準備を事前にしっかり把握しておくことが大切となります。
無理に示談交渉を進めない、合理的な理由もなく譲歩したりしないためにも、事後の対応策を並行して検討していきましょう。
弁護士の活用と専門家への相談
弁護士への相談タイミング
交渉が難航した場合や、複雑な事案の場合は早めに弁護士に相談することをお勧めします。例えば、後遺障害が残る可能性がある場合、過失割合に大きな争いがある場合、損害賠償額が高額になる可能性がある場合(例:1,000万円以上)などは、専門家の助言が有効です。
また、前記記載の通り、示談が成立しない見込みであれば、早めに事後の対応を相談するがことが望ましいです。
専門家活用のメリット
弁護士は専門的な法律知識を持ち、交渉力も高いです。例えば、過失割合の交渉で、判例や基準を引用しながら論理的な主張を展開できます。また、適正な賠償額の算定や、示談書の作成など、被害者の権利を守るための総合的なサポートが期待できます。専門家の知識と交渉スキルを活かすことは被害者のストレス軽減にも繋がりますので、積極的な活用を検討していきましょう。
費用対効果の考え方
弁護士費用と期待される賠償額を比較し、相談のメリットを判断します。例えば、賠償額が100万円で弁護士費用が30万円の場合、70万円の純益となります。一方、弁護士に依頼することで賠償額が150万円に増額できれば、弁護士費用が50万円となっても差し引き100万円の純益となり、30万円の増額が見込めます。
なお、自動車保険に「弁護士費用等補償特約」が付帯されていれば、弁護士費用をカバーすることできます。ご加入されている保険会社に問い合わせを行い、どのようなケースで支払い対象となるのか等を確認しておきましょう。
以上の通り、示談交渉は被害者が適正な損害賠償を受けるための重要なプロセスです。本稿で解説したポイントを参考に、十分な準備と戦略的な交渉を心がけてください。同時に、必要に応じて専門家に助言を求めることも検討してください。適切な対応により、公平で満足のいく解決に近づくことができます。 最後になりますが、日頃からの交通安全意識が最も重要であることを忘れずに、安全運転を心がけて頂けますと幸いです。