監修 石田 大輔 (いしだ だいすけ)

名城法律事務所サテライトオフィス 代表

所属 / 愛知県弁護士会 (登録番号42317)

保有資格 / 弁護士

書類に記入する様子

交通事故の示談交渉がまとまり、いよいよ示談書にサインをする段階になった時、「本当にこの内容で大丈夫なのか」「見落としている重要な点はないか」と不安になる方も多いでしょう。

示談書は一度サインをすると、法的に強い拘束力を持つ重要な契約書です。後から「内容を理解していなかった」「もっと詳しく確認すればよかった」と後悔しても、原則として変更や取消しはできません。

本記事では、示談書にサインする前に必ず確認すべき7つの重要項目について、具体的なチェックポイントとともに詳しく解説いたします。

この確認リストを活用することで、安心して示談書にサインし、適正な解決を実現していただければと思います。

示談書の法的効力と重要性

示談書が持つ強い法的拘束力

示談書は民法上の和解契約にあたり、裁判上の和解と同様の強い法的効力を持ちます。当事者双方が署名・押印することで、示談書に記載された内容に従って履行する法的義務が発生します。

示談書の効力は確定判決と同等の強制力を持つため、金銭の支払いについて履行されない場合は、裁判を経ずに強制執行手続きを申し立てることも可能です。このように、示談書は非常に重要な法的文書であることを理解しておく必要があります。

また、示談書に記載された事項は、原則として後から変更することができません。双方の合意があれば変更は可能ですが、一方当事者が変更を拒否した場合は、裁判所での争いになる可能性があります。

そのため、示談書の内容は署名前に十分検討し、疑問点や不明点がある場合は、必ず解決してからサインすることが重要です。

サイン後の変更や取消しの困難性

示談書にサインした後で内容を変更したり、取り消したりすることは原則として困難です。ただし、錯誤、詐欺、強迫などの事由がある場合は、示談の無効や取消しを主張できる可能性があります。

錯誤とは、示談の内容について重要な事実を誤解していた場合です。例えば、後遺障害がないと思って示談したが、実際には重篤な後遺障害があった場合などが該当します。ただし、錯誤の立証は困難で、必ずしも無効が認められるとは限りません。

詐欺とは、相手方が虚偽の事実を告げて示談に至らせた場合です。強迫とは、相手方が脅迫や威圧的な行為により示談を強要した場合です。これらの場合も、証拠の収集と立証が困難な場合が多くあります。

そのため、示談書の作成段階で十分に内容を検討し、疑問点を解決しておくことが最も確実な対策となります。

【項目1】事故内容と当事者情報の正確性

事故発生日時・場所の記載確認

示談書には、事故の発生日時と場所が正確に記載されているかを必ず確認してください。事故証明書と照合し、年月日、時刻、場所の住所に間違いがないかチェックしましょう。

事故発生場所については、都道府県、市区町村、町名、番地まで正確に記載されていることが重要です。曖昧な記載では、後日、事故状況に関する争いが生じた場合に、証拠として十分な効力を発揮できない可能性があります。

また、事故の態様についても簡潔に記載されているかを確認してください。「追突事故」「出合頭衝突」「右折時衝突」など、事故の種類が明記されていることで、過失割合の根拠が明確になります。

気象条件や道路状況についても記載がある場合は、事実と相違がないかを確認しましょう。これらの情報は過失割合の算定に影響する重要な要素となります。

当事者の氏名・住所・連絡先の正確性

当事者の氏名については、住民票や運転免許証の記載と完全に一致しているかを確認してください。漢字の間違いや読み方の相違があると、法的な効力に影響する可能性があります。

住所についても、現住所が正確に記載されているかを確認しましょう。示談後に転居予定がある場合は、連絡先の変更について別途取り決めを設けることも検討してください。

電話番号やメールアドレスなどの連絡先についても、最新の情報が記載されているかを確認してください。示談後に連絡が必要になった場合に備えて、確実に連絡が取れる手段を確保しておくことが重要です。

保険会社が関与している場合は、保険会社の商号、担当部署、担当者名も正確に記載されているかを確認してください。

【項目2】過失割合と責任の明確化

過失割合の記載内容と根拠

示談書には過失割合が明確に記載されているかを確認してください。「甲:乙=30:70」のように、数値で明確に表示されていることが重要です。曖昧な表現では、後日の争いの原因となる可能性があります。

過失割合の算定根拠についても、可能な限り記載されているかを確認しましょう。信号の状況、一時停止の有無、速度超過の有無など、過失割合の算定に影響した要因が明記されていることが望ましいです。

過失割合に疑問がある場合は、判例タイムズの過失相殺率の認定基準や類似事例を参考に、妥当性を検討してください。専門的な判断が必要な場合は、弁護士に相談することをおすすめします。

なお、過失割合が0対100の事故の場合は、被害者側に過失がないことを明確に記載してください。「甲には過失がないことを確認する」といった文言があることが重要です。

責任範囲の限定に関する条項

示談書には、各当事者の責任範囲が明確に記載されているかを確認してください。特に、物損と人身損害を分けて処理している場合は、今回の示談がどちらを対象としているかを明確にする必要があります。

「本示談は人身損害についてのみ成立し、物損については別途協議する」といった条項がある場合は、残された損害についての処理方法も確認しておきましょう。

また、同乗者がいた場合の損害や、代車費用、休車損害など、関連する損害についても責任範囲が明確になっているかを確認してください。

第三者への損害についても、必要に応じて責任範囲を明確にしておくことが重要です。

【項目3】損害項目と金額の詳細確認

各損害項目の内訳と計算根拠

示談書には、損害賠償の内訳が詳細に記載されているかを確認してください。治療費、休業損害、慰謝料、逸失利益、将来治療費など、各項目の金額が明確に示されていることが重要です。

治療費については、既に支払われた分と今後支払われる分を区別して記載されているかを確認してください。通院交通費、付添費、入院雑費なども含まれているかをチェックしましょう。

休業損害については、休業期間、日額、計算方法が明記されているかを確認してください。主婦の場合は、家事従事者としての休業損害が適切に計上されているかも重要なポイントです。

慰謝料については、入通院慰謝料と後遺障害慰謝料が区別して記載されているかを確認してください。算定基準(自賠責、任意保険、弁護士基準)も明記されていることが望ましいです。

既払金の控除と最終支払額

示談書には、既に支払われた金額が正確に記載され、総損害額から適切に控除されているかを確認してください。治療費の一括払い、仮渡金、内払金などが正確に計上されているかをチェックしましょう。

自賠責保険から既に支払われた金額がある場合は、その金額も正確に控除されているかを確認してください。被害者請求により受け取った金額は、重複して受け取ることができないため、適切な調整が必要です。

最終的な支払額については、総損害額から既払金を控除し、過失相殺を適用した後の金額が正確に計算されているかを確認してください。計算過程に間違いがないかを慎重にチェックしましょう。

分割払いの場合は、各回の支払額と支払日が明確に記載されているかを確認してください。

【項目4】支払条件と期限の明記

支払方法と支払期限の確認

示談書には、損害賠償金の支払方法が明確に記載されているかを確認してください。銀行振込、現金支払い、小切手支払いなど、具体的な方法が明記されていることが重要です。

銀行振込の場合は、振込先の銀行名、支店名、口座番号、口座名義人が正確に記載されているかを確認してください。振込手数料の負担についても明記されていることが望ましいです。

支払期限については、示談書作成日から何日以内、または具体的な期日が明記されているかを確認してください。「速やかに」「早急に」といった曖昧な表現は避け、明確な期限を設定することが重要です。

分割払いの場合は、各回の支払期日が具体的に記載されているかを確認してください。毎月末日、毎月25日など、明確な日付が設定されていることが必要です。

遅延損害金に関する取り決め

支払いが遅延した場合の遅延損害金について、利率と計算方法が記載されているかを確認してください。法定利率(年3%)または当事者間で合意した利率が明記されていることが重要です。

遅延損害金の起算日についても明確にしておく必要があります。支払期日の翌日から発生するのが一般的ですが、示談書に明記されていることを確認してください。

また、支払いが著しく遅延した場合の対応についても検討しておくことが重要です。催告手続きや法的措置について、必要に応じて取り決めを設けることも考慮してください。

【項目5】清算条項と将来請求の制限

清算条項の意味と影響範囲

清算条項は示談書の最も重要な条項の一つです。「本示談書に定めるもののほか、当事者間には何らの債権債務関係がないことを相互に確認する」といった文言により、示談後の追加請求が制限されます。

清算条項の範囲については、人身損害のみか、物損も含むか、第三者への損害も含むかを明確に確認してください。範囲が不明確だと、後日の争いの原因となる可能性があります。

また、清算条項には例外規定が設けられている場合があります。「ただし、将来新たな後遺障害が発見された場合はこの限りでない」といった条項がある場合は、その内容を十分理解しておくことが重要です。

清算条項により、示談後の追加請求は原則として困難になることを理解しておく必要があります。

後遺障害発見時の対応策

示談時に後遺障害がないと判断されていても、後日、症状が悪化したり新たな症状が発見されたりする可能性があります。このような場合に備えて、適切な条項を設けることが重要です。

「本示談は、現時点で判明している損害についてのみ成立し、将来、医学的に相当因果関係のある新たな後遺障害が発見された場合は、別途協議する」といった留保条項を設けることを検討してください。

ただし、相手方保険会社は留保条項を嫌う傾向があるため、交渉が必要になる場合があります。症状の性質や将来的なリスクを考慮して、必要性を判断してください。

留保条項を設ける場合は、対象となる後遺障害の範囲、発見期限、協議の方法などを明確に定めておくことが重要です。

【項目6】その他の重要条項

秘密保持条項と口外禁止の範囲

示談書には秘密保持条項が含まれている場合があります。示談の内容や金額について、第三者に口外することを禁止する条項です。この条項がある場合は、その範囲と例外について確認してください。

一般的に、税務申告、保険請求、法的手続きに必要な場合は例外とされることが多いです。また、家族への報告については、通常は制限されません。これらの例外が明記されているかを確認しましょう。

口外禁止の範囲が過度に広い場合は、日常生活に支障をきたす可能性があります。合理的な範囲での制限であるかを検討し、必要に応じて修正を求めることも重要です。

違反した場合の制裁についても記載されている場合があります。ペナルティの内容が過度でないかを確認してください。

管轄裁判所と準拠法の指定

示談書に関して争いが生じた場合の管轄裁判所が指定されているかを確認してください。当事者の住所地を管轄する裁判所が指定されていることが一般的です。

遠方の裁判所が指定されている場合は、将来的に法的手続きが必要になった際の負担を考慮して、変更を求めることも検討してください。

準拠法についても、日本法が適用されることが明記されているかを確認してください。国際的な要素がある事故の場合は、特に重要なポイントとなります。

【項目7】署名・押印前の最終チェック

記載内容の誤字脱字確認

署名・押印前には、示談書全体を通読し、誤字脱字がないかを確認してください。氏名、住所、金額、日付など、重要な部分は特に慎重にチェックしましょう。

数字の記載については、アラビア数字と漢数字の両方で記載されている場合は、両者が一致しているかを確認してください。金額については、「金○○円也」といった形式で記載されていることが一般的です。

専門用語の使い方についても確認してください。法律用語が正しく使用されているか、意味が明確であるかをチェックしましょう。

条項の抜け漏れチェックポイント

示談書に必要な条項が漏れなく記載されているかを最終確認してください。事故の概要、当事者情報、損害の内容、支払条件、清算条項などの基本的な事項が含まれているかをチェックしましょう。

特に重要なのは、支払期限、支払方法、清算条項の記載です。これらの条項が抜けていると、後日のトラブルの原因となる可能性があります。

また、示談書の有効期限や効力発生条件についても確認してください。保険会社の承認が必要な場合は、その旨が明記されているかをチェックしましょう。

署名・押印欄についても、当事者全員の分が設けられているか、印鑑証明書の添付が必要な場合はその旨が記載されているかを確認してください。

まとめ

示談書は一度サインすると強い法的拘束力を持つ重要な契約書です。7つの確認項目を慎重にチェックすることで、後日のトラブルを防ぎ、適正な解決を実現することができます。

特に重要なのは、損害項目と金額の正確性、清算条項の影響範囲、支払条件の明確性です。これらの項目については、疑問点があれば必ず解決してからサインすることが重要です。

不明な点や専門的な判断が必要な場合は、弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。示談書の内容を十分理解し、納得した上でサインすることで、安心して事故の解決を図ることができます。

慎重な確認作業により、適正で確実な示談を実現し、事故による損害を適切に回復させましょう。