「検査を受けた」だけでは不十分です
高次脳機能障害の後遺障害等級認定において、神経心理学的検査の結果は最重要証拠のひとつです。しかし、実務の現場でよく見られる問題があります。
- 「検査は受けました。でも、何の検査を受けたかよくわかりません」
- 「病院で簡単なテストをしたとは言われましたが、結果の詳細をもらっていません」
- 「主治医に任せていたら、後遺障害診断書に検査結果が反映されていませんでした」
これらは、等級認定を大きく左右するミスです。神経心理学的検査は「受けた」という事実よりも、何を・どの精度で・どのように記録したかが決定的に重要なのです。
この記事では、高次脳機能障害の立証に用いられる主要な検査の種類・特徴・意義を解説し、医師に検査を依頼する際の具体的なポイントをお伝えします。
まず知っておきたい「神経心理学的検査」の位置づけ
神経心理学的検査とは、脳の損傷によって生じた認知機能の変化を、標準化された課題を通じて客観的に数値化する検査群の総称です。
骨折なら骨折箇所がX線に映ります。しかし高次脳機能障害の中核症状である「記憶障害」「注意障害」「遂行機能障害」は、目に見えません。神経心理学的検査は、この「見えない障害」を数値と標準偏差で可視化するための科学的ツールです。
比喩で理解しよう
記憶障害を「腰が痛い」という主訴に例えるなら、神経心理学的検査はMRIや筋電図にあたります。「痛い」という訴えに対して、「どこが・どの程度・どんな性質で損傷しているか」を客観的データとして示す手段です。この数値なしには、保険会社も審査機関も「証拠がない」と判断します。
自賠責保険の後遺障害等級認定実務において、高次脳機能障害が認定されるためには、原則として以下の3要素が揃っている必要があります。
- 1. 事故直後の意識障害・外傷性脳損傷の記録(急性期カルテ等)
- 2. 神経心理学的検査による認知機能障害の客観的証明
- 3. 日常生活・社会生活への影響の記録(日常生活状況報告書等)
このうち②を担うのが、本記事で解説する神経心理学的検査です。
【主要検査ガイド】高次脳機能障害の立証に使われる検査一覧
【検査の組み合わせ戦略】症状別・推奨検査セット
実際の現場では、すべての検査を受けることはできません。症状のプロフィールに応じて、優先順位をつけた検査計画が重要です。
【最重要】医師に検査を依頼する際の5つのポイント
検査を適切に活用するためには、医師への依頼の仕方が決定的に重要です。以下の5点を意識して主治医に伝えてください。
ポイント①:「交通事故の後遺障害申請のため」と明確に伝える
一般的な外来診療では、神経心理学的検査は「リハビリ計画のため」や「認知症スクリーニング」として実施されます。しかし、後遺障害申請に用いる場合は記録の残し方・解釈の記述方法が異なります。
依頼時には必ず「交通事故による後遺障害の等級認定申請のために使用する検査として実施してほしい」と明示してください。これにより、医師が報告書の記載内容を法的書類として意識して作成できます。
ポイント②:「どの検査を受けるべきか」を弁護士と事前に相談してから依頼する
主治医は医学の専門家ですが、後遺障害等級認定の実務に精通しているとは限りません。「どの検査が等級認定で重視されるか」「どの指標の数値を後遺障害診断書に記載すべきか」は、法的な判断を要します。
弁護士と相談して「このケースではWAIS-ⅣとWMS-Rが最優先」などの方針を決めたうえで、医師に具体的な検査名を伝えて依頼することが理想です。
ポイント③:「遅延再生」の実施を必ず確認する
記憶検査において最も重要なのが遅延再生(Delayed Recall)です。即時に覚えた情報が、一定時間(通常30分)経過後にどれだけ保持されているかを測る指標で、海馬機能を直接反映します。
しかし、時間的な都合から遅延再生を省略する施設があります。「遅延再生まで含めて実施してほしい」と依頼時に明示してください。
ポイント④:検査結果を「数値と標準偏差」で記録してもらう
「検査の結果は問題ありませんでした」という記述では、後遺障害申請書類として機能しません。
後遺障害診断書・検査報告書には以下を記載してもらうよう依頼してください。
- ・各検査・各指標の生スコア(Raw Score)
- ・標準スコア(SS)・偏差値・パーセンタイル
- ・正常者の平均値・標準偏差との比較
- ・事故前能力の推定値(職歴・学歴等から)との乖離
これにより「平均より何標準偏差低下しているか」が明確になり、障害の客観的証明となります。
ポイント⑤:「時系列での変化」を追うために複数回受検する
高次脳機能障害の認定においては、「事故後に低下した」という変化の証明が重要です。しかし、事故前の検査データは存在しません。
この問題に対応するため、複数の時点で検査を繰り返し、「回復経過の中でも機能障害が残存している」ことを示すことが有効です。
理想的な受検スケジュールの目安
| 時期 | 目的 |
|---|---|
| 事故後3〜6ヶ月 | 急性期の認知機能障害を記録 |
| 症状固定の2〜3ヶ月前 | 改善プラトーを確認 |
| 症状固定時 | 最終的な残存障害を証明 |
検査を受ける施設の選び方
すべての病院で上記の検査が実施できるわけではありません。以下を参考に、適切な施設を選んでください。
| 施設タイプ | 特徴 | 推奨度 |
|---|---|---|
| 高次脳機能障害支援センター(都道府県設置) | 専門的な評価・支援体制が整備されている | ◎ 最優先 |
| 大学病院リハビリテーション科・神経内科 | 包括的な検査バッテリーの実施が可能 | ◎ |
| リハビリテーション専門病院 | 言語聴覚士・臨床心理士による検査実施が可能 | ○ |
| 一般脳神経外科・神経内科クリニック | 簡易スクリーニング(MMSE等)のみの場合も | △ 要確認 |
確認すべき事項
受診前に「臨床心理士または神経心理士が在籍しているか」「WAIS-ⅣとWMS-Rの実施が可能か」「検査報告書を文書として発行してもらえるか」の3点を確認してください。
よくある「検査に関するトラブル」と対処法
トラブル①:「MMSE(認知症スクリーニング)しか受けていない」
MMSEは認知症の重症度を簡便にスクリーニングするツールであり、高次脳機能障害の詳細な評価には不十分です。MMSEで「30点満点(正常)」でも、WAIS-ⅣのPSIやWMS-Rの遅延再生は著しく低下していることがあります。
対処法
MMSEしか実施されていない場合は、上記の包括的検査バッテリーの実施を改めて依頼してください。主治医が対応できない場合は、高次脳機能障害支援センターへの紹介を求めることも選択肢です。
トラブル②:「検査結果を数値でもらえなかった」
「結果は問題ありませんでした」「やや低下はみられます」という口頭での説明だけで、数値の記録を受け取っていないケースです。
対処法
「後遺障害申請に用いるため、各検査の得点・標準スコア・正常範囲との比較を文書で交付してほしい」と文書交付を正式に申請してください。医療機関は患者への記録提供の義務を負っています。
トラブル③:「症状固定後に検査を受けた(治療中は受けていなかった)」
症状固定後に初めて検査を受けても、「事故による変化」を証明する比較対象データがなく、証明力が弱まります。
対処法
過去にさかのぼることはできませんが、「事故後の治療期間中の受診記録・カルテ」「家族の証言・日常生活状況報告書」「画像診断の記録」などで補完することを弁護士と相談してください。
まとめ
この記事の要点を整理します。
検査の位置づけ
- ✓ 神経心理学的検査は高次脳機能障害の「見えない障害」を数値で証明する唯一の客観的ツールであり、等級認定の最重要証拠となる。
- ✓ 主要検査はWAIS-Ⅳ(全般的知能)、WMS-R(記憶)、CAT(注意)、BADS(遂行機能)が中核で、症状のプロフィールに応じて組み合わせる。
検査の選び方
- ✓ 三宅式記銘力検査は日本では普及しているが、包括性の点でWMS-Rに劣るため、可能ならWMS-Rとの組み合わせが望ましい。
- ✓ 受検施設は臨床心理士・神経心理士が在籍し、WAIS-ⅣとWMS-Rが実施可能な施設を選ぶ。都道府県の高次脳機能障害支援センターが最優先候補。
医師への依頼
- ✓ 医師への依頼時は「後遺障害申請目的である旨」「具体的な検査名」「遅延再生の実施」「数値・標準偏差での記録文書の発行」を明示する。
- ✓ 検査は単発ではなく、事故後複数の時点で繰り返し受けることで、「変化の経過と残存障害」を証明する効果が高まる。
戦略的な活用が鍵
神経心理学的検査は、正しく活用すれば高次脳機能障害を強力に立証できる武器になります。しかし、「何となく検査を受けた」状態では証拠として機能しません。どの検査を・いつ・どのように記録するかを、弁護士と医師の連携のもとで戦略的に進めることが、適正な等級認定への最短経路です。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的としています。個別の事案については、必ず弁護士などの専門家にご相談ください。
