「MRIに異常なし」――その一言で、重度の症状が切り捨てられる
事故直後、救急搬送先でMRIを撮影。主治医から告げられた言葉は「画像上は大きな異常はありません」。
しかし半年経っても、両手のしびれは消えません。ボタンが留められない、箸が使えない、熱さ冷たさの感覚が鈍い——日常生活は明らかに事故前と違う。
それでも保険会社の回答は一貫しています。「MRIに異常所見がない以上、脊髄損傷とは認められません」
こうした事例は、脊髄損傷の賠償現場で最も多い紛争類型のひとつです。そして多くの場合、被害者側の主張が通らないまま、低い等級(12級・14級)で終わってしまいます。
しかし、「MRIに映らない=損傷がない」というロジックは、医学的に正しくありません。この記事では、なぜ脊髄損傷が通常のMRIで見落とされるのか、そしてどう立証すれば正当な評価を勝ち取れるのかを、医学的根拠とともに解説します。
中心性脊髄損傷とは――「骨折なしの脊髄損傷」が起きるメカニズム
MRIに映りにくい脊髄損傷の代表例が、中心性脊髄損傷(中心性頸髄損傷)です。
受傷メカニズム
交通事故で首が前後に大きく振られ、過伸展(首が後ろに反り返る動き)が強く加わると、骨折や脱臼がなくても脊髄の中心部(灰白質)が損傷されることがあります。
脊髄の中心部には、上肢を支配する神経路が集中しています。そのため中心性脊髄損傷では、下肢よりも上肢に強い麻痺・しびれ・感覚障害が現れるという特徴的な症状が出ます。
なぜ見落とされるのか
中心性脊髄損傷は、骨折や脱臼を伴わない「非骨傷性脊髄損傷」であることが多く、レントゲン画像では異常が全く見えません。初診時に「むち打ち(頸椎捻挫)」と診断され、そのままMRI撮影もされずに見送られてしまうケースも少なくありません。
【図解】中心性脊髄損傷で何が起きているのか
脊髄の断面図と損傷部位のイメージを以下に示します。
上図のように、中心性脊髄損傷では脊髄の中心部にある灰白質が選択的に損傷されます。上肢を支配する神経路がこの中心部に集中しているため、下肢より上肢に強い麻痺という特徴的な症状が出ます。しかし、骨に異常がないため、通常のMRIでは見落とされやすいのです。
なぜMRIで見えないのか――画像診断の4つの限界
「MRIに映らない」と言っても、完全に映らないわけではありません。条件が揃わないと、存在するはずの損傷が検出されないという問題です。主な原因は4つあります。
MRIには1.5テスラ(1.5T)機と3.0テスラ(3T)機があり、画像の精細度が大きく異なります。3T機の方が微細な病変を捉えやすく、中心性脊髄損傷のような小さな高輝度変化は、1.5T機では見逃される可能性があります。
事故直後に運ばれた病院が1.5T機しか持っていなかった場合、「異常なし」と診断されても、3T機で撮り直せば異常所見が見つかることがあります。
MRIは薄切りの断層画像です。スライス厚が厚い(5mm以上)設定で撮影すると、小さな病変が複数のスライスにまたがって平均化され、コントラストが薄まって見えなくなります。
また、頸髄は生理的湾曲があるため、撮影角度が適切でないと、損傷部位がスライス間に挟まれて描出されないこともあります。
中心性脊髄損傷のT2強調画像における高輝度所見は、受傷後2〜3ヶ月の急性期〜亜急性期に最も明瞭です。この時期を逃すと、浮腫が引いて信号変化が目立たなくなり、後から撮影しても「異常なし」と判定されやすくなります。
事故後すぐにMRIを撮らなかった、あるいは症状が出始めた数ヶ月後に初めて撮影したというケースでは、既に画像所見がマイルドになっている可能性があります。
T2強調画像では高輝度(白く光る)、T1強調画像では低輝度(黒っぽい)というように、脊髄損傷の所見は撮影シーケンスによって見え方が変わります。T2だけ、T1だけで終わっている検査では、所見を拾いきれないことがあります。
要確認ですが、STIR画像やT2*画像など、さらに特殊なシーケンスを追加することで所見が顕在化するケースもあります。
DTI(拡散テンソル画像)――神経線維を直接「可視化」する最新技術
通常のMRIの限界を補う技術として注目されているのが、DTI(Diffusion Tensor Imaging:拡散テンソル画像)です。
DTIとは何か――たとえ話で理解する
通常のMRIが「脊髄の形を写す写真」だとすれば、DTIは「脊髄の中を流れる神経線維を追跡する動画」のようなものです。
水分子はランダムに動く性質がありますが、神経線維の中では線維の走行方向に沿って動くという特性があります。DTIはこの水分子の動きの方向性(異方性)を測定することで、神経線維の状態を画像化します。
神経線維が健全であれば、水分子は規則正しく方向付けられて動きます(FA値=異方性率が高い)。損傷があると、水分子の動きが乱れ、FA値が低下します。つまり、「形には異常が見えないが、神経線維の機能が壊れている」状態を客観的に示せるのです。
DTIでわかること
DTIの限界と注意点
ただし、不確かですが要確認事項として、DTIには以下の限界があります。
- 自賠責保険の等級認定では、あくまで「補助的資料」の位置づけ。通常のMRI・神経学的検査が主たる証拠です
- 撮影・解析できる施設が限られる(大学病院・専門施設が中心)
- 解析手法・関心領域(ROI)の設定により結果が変わる可能性がある
- 保険会社や審査機関の側に、DTI所見を読み解ける専門家が少ない
DTIは「通常のMRIで異常なし」を覆すための切り札ではなく、神経学的所見や他の検査結果を補強する役割として活用するのが現実的です。
DTIよりも重要かもしれない――「神経学的所見」の立証力
実は、等級認定の実務で最も信頼性が高く評価されるのは、DTIのような最新画像ではなく、古典的な神経学的検査です。
深部腱反射(膝蓋腱反射など)や病的反射(ホフマン反射、トレムナー反射、バビンスキー反射)は、患者が意識的にコントロールできないため、信頼性が極めて高い検査とされています。
脊髄損傷があると、通常は反射が亢進し、健常者では出ないはずの病的反射が陽性になります。この結果は、カルテに客観的事実として残ります。
0〜5の6段階で筋力を評価する検査です。中心性脊髄損傷では、上肢に筋力低下と筋萎縮が出るのが特徴。筋萎縮は意識的に作れないため、立証上重要な所見になります。
ボタンをかける・箸を使う・書字など、細かい動作の評価です。中心性脊髄損傷の典型症状であり、日常生活の具体的エピソードと結びつけやすい検査でもあります。
デルマトーム(皮膚分節)に沿った感覚障害のパターンが、損傷部位と整合するかを確認します。
神経伝導速度(NCV)・体性感覚誘発電位(SEP)などの電気生理学的検査は、神経機能を客観的な数値で示せるため、画像所見が乏しい症例で特に有用です。
「脊髄症状判定用」という書類の存在を知っているか
脊髄損傷の後遺障害申請では、通常の後遺障害診断書に加えて、「脊髄症状判定用」という専用の書式があります。
この書式には、肩・肘・手指の機能、下肢機能、上肢・下肢・体幹の知覚、膀胱機能、日常生活状況などを、医師が検査結果とともに詳細に記載します。
残念ながら、この書式の存在を知らない医師・弁護士は少なくありません。「脊髄症状判定用」が提出されているかどうかで、審査官の心証は大きく変わります。
画像所見が乏しい場合の立証戦略――3つのアプローチ
実務的には、この3つを組み合わせるのが最も効果的です。特にアプローチ3は、既に蓄積されたカルテ情報を最大限活用するもので、多くの案件で最も現実的な選択肢になります。
保険会社の反論に備える――「脊髄空洞症」「既往症」への対抗
脊髄損傷の賠償交渉では、保険会社側から次のような反論が出ることが典型的です。
これらに対抗するには、事故直後から症状固定までの医療記録を時系列で整理し、症状の連続性・一貫性を示すことが不可欠です。画像所見だけに頼らず、臨床症状の推移という「動的な立証」が決め手になります。
まとめ:画像の限界を知り、立証の総合力で勝つ
- 「MRIに異常なし=脊髄損傷なし」は医学的に誤り。中心性脊髄損傷のような非骨傷性損傷は、通常のMRIで見落とされることが多い。
- MRIの限界は4つ――テスラ数・撮影角度・撮影タイミング・撮影シーケンス。初期画像で異常がなくても、条件を変えれば所見が見える可能性がある。
- DTI(拡散テンソル画像)は神経線維を可視化する最新技術。通常MRIで見えない損傷の補強に有用だが、自賠責実務ではあくまで補助的資料。
- 最も信頼性が高いのは、深部腱反射・病的反射・MMT・筋萎縮・手指巧緻運動検査といった古典的な神経学的所見。患者がコントロールできない客観所見が立証の柱になる。
- 「脊髄症状判定用」という専用書式の提出が必須。通常の後遺障害診断書だけでは情報が不足する。
- 画像・神経学的所見・カルテ精査の3つを組み合わせた「立証の総合力」が、画像所見が乏しい案件を救う。
- 保険会社は脊髄空洞症・既往症・因果関係の3点で反論してくる。これに備えるには、時系列でのカルテ精査と症状推移の医学的立証が不可欠。
「画像に映らないから諦める」——その前に、まだ打てる手は残っています。諦める前に、脊髄損傷の立証に精通した弁護士・医療チームへの相談をご検討ください。
※本記事は法的・医療的アドバイスを目的とするものではありません。記載の医学情報は一般的な解説であり、診断や治療方針は個別に専門医にご相談ください。DTIを含む画像診断の評価や、後遺障害等級認定は、個別事情により結論が異なります。具体的なご状況については、脊髄損傷に詳しい医師・弁護士にご相談ください。
