監修 石田 大輔 (いしだ だいすけ)

名城法律事務所サテライトオフィス 代表

所属 / 愛知県弁護士会 (登録番号42317)

保有資格 / 弁護士

目次

「骨がついた」だけでは終わりません。大腿骨近位部骨折では股関節の可動域と歩行能力の両方を確認します

交通事故で歩行中に車にはねられたり、自転車やバイクから転倒したりして、太ももの付け根に強い衝撃を受けると、大腿骨近位部を骨折することがあります。大腿骨近位部とは、太ももの骨である大腿骨のうち、股関節に近い部分です。特に問題になりやすいのが、大腿骨頸部骨折と、大腿骨転子部骨折です。

日本整形外科学会によると、大腿骨頸部骨折では股関節周辺に痛みが生じ、多くの場合、立つことや歩くことができなくなります。また、骨粗鬆症のある高齢者に多い骨折として知られており、骨折を契機として寝たきりや閉じこもりにつながることもある重要な傷病です。

交通事故では転倒による骨折とは異なり、車両との衝突など大きな外力によって大腿骨近位部が損傷することがあります。そして、大腿骨近位部骨折で後遺障害を考える場合に注意したいのが、「大腿骨を骨折した」という診断名だけで等級が決まるわけではないということです。骨折後に何が残ったのかを確認します。例えば、次のような障害です。

  • 股関節が事故前のように曲がらなくなった
  • 人工骨頭・人工股関節へ置換した
  • 脚が短くなった
  • 大腿骨に変形が残った
  • 骨が十分につかず偽関節となった
  • 痛みが残った
  • 歩行能力が大きく低下した

特に多くの案件で中心になるのが、股関節の可動域制限です。国土交通省の後遺障害等級表では、一下肢の三大関節の一つである股関節について、「用を廃したもの」なら8級7号、「機能に著しい障害を残すもの」なら10級11号、「機能に障害を残すもの」なら12級7号が定められています。一般的な関節機能障害の評価では、股関節の主要運動の可動域が健側の2分の1以下なら10級、4分の3以下なら12級が基本的な目安となります。

ただし、大腿骨近位部骨折では、可動域の角度だけを確認すれば十分とは限りません。事故前は杖なしで買い物に行けた人が、次のような状態になることがあります。

  • 事故後は杖が必要になった
  • 屋外を一人で歩けなくなった
  • 階段昇降に手すりが必要になった
  • 数百メートル歩くと股関節が痛くなる

歩行能力低下は、それ自体が8級7号・10級11号・12級7号の直接の数値基準ではありません。しかし、実際にどの程度の身体機能が失われたのかを示す重要な資料になります。さらに、後遺障害認定後の逸失利益や慰謝料を検討するときには、歩行障害が仕事や生活へどの程度影響しているかが重要になる場合があります。

⚠️

したがって大腿骨近位部骨折では、「可動域による等級認定」+「歩行・生活能力による障害実態の立証」という二つの軸で整理することが重要です。

この記事では、大腿骨頸部骨折・大腿骨転子部骨折を中心に、8級・10級・12級の基準、人工関節の場合の評価、画像診断、歩行能力の立証方法、後遺障害診断書で確認すべきポイントまで詳しく解説します。

大腿骨近位部骨折とは

大腿骨は、人体でも非常に大きな長管骨です。その最も上にある大腿骨頭が骨盤側の寛骨臼にはまり、股関節を構成しています。そのすぐ下にある細くなった部分が大腿骨頸部です。さらに下方には、大転子・小転子と呼ばれる部分があります。大腿骨近位部骨折は、大きく整理すると次のようになります。

骨折主な場所特徴
大腿骨頸部骨折股関節に近い関節内骨癒合しにくいケースがあり、骨頭壊死にも注意
大腿骨転子部骨折頸部よりやや下方の関節外骨癒合しやすい一方、受傷時の出血等にも注意
転子下骨折転子部よりさらに下強い外力で生じることがあり、固定や骨癒合が問題になることがある

日本整形外科学会も、大腿骨頸部の内側骨折と外側骨折では病態が異なると説明しています。内側骨折では血液循環の問題から骨癒合が得られにくい場合があり、骨頭壊死にも注意が必要とされています。つまり、「大腿骨近位部骨折」という一つの名称でまとめても、骨折位置によって治療方法や後遺障害の問題は異なります。

大腿骨頸部骨折では人工骨頭・人工股関節になることがある

大腿骨頸部骨折では、骨折の転位、年齢、活動性、骨の状態などによって治療方法が異なります。骨接合術によって骨折部分を固定する場合もあれば、人工骨頭置換術や人工股関節全置換術が選択される場合があります。この違いは後遺障害認定でも非常に重要です。

人工関節・人工骨頭を挿入置換した関節については、通常の可動域障害とは別の取扱いがあります。厚生労働省の認定基準では、人工関節・人工骨頭へ置換し、その可動域が健側の2分の1以下の場合には「関節の用を廃したもの」と評価し、それ以外の人工関節・人工骨頭置換については「関節の機能に著しい障害を残すもの」と整理しています。下肢であれば、人工関節・人工骨頭+可動域1/2以下で8級7号、人工関節・人工骨頭+それより良好な可動域で10級11号が基本的な検討対象です。

したがって、「手術後はかなり歩けるようになったから後遺障害はない」とは限りません。人工骨頭・人工股関節へ置換した事実自体が重要です。

【一覧】大腿骨近位部骨折で問題になる主な後遺障害

大腿骨近位部骨折では、骨折部位だけでなく、最終的に残った障害によって等級を検討します。

残った障害主な等級候補判断ポイント
股関節の用廃8級7号強直等、関節機能をほぼ失った状態
股関節の著しい機能障害10級11号原則、主要運動が健側の1/2以下
股関節の機能障害12級7号原則、主要運動が健側の3/4以下
人工股関節・人工骨頭10級11号等人工関節置換と可動域を確認
5cm以上の下肢短縮8級5号左右の脚長差
3cm以上の下肢短縮10級8号左右の脚長差
1cm以上の下肢短縮13級8号左右の脚長差
大腿骨の変形12級8号等長管骨の変形障害
偽関節7級10号・8級9号等骨癒合不全と運動障害
骨折後の頑固な痛み12級13号等客観的医学所見との整合性

国土交通省の現行等級表では、一下肢一関節の用廃は8級7号、著しい機能障害は10級11号、機能障害は12級7号です。また、下肢短縮、偽関節、長管骨変形についても別個の等級が設定されています。ここから分かるように、大腿骨近位部骨折=股関節可動域だけではありません。症例によっては複数の障害を確認する必要があります。

【8級】股関節の「用を廃したもの」とは

一下肢の三大関節中、一関節の用を廃したものは8級7号です。関節の「用廃」は、単に「かなり動かしにくい」という程度ではありません。厚生労働省の認定基準では、関節の強直、完全弛緩性麻痺またはそれに近い状態などが該当します。人工関節・人工骨頭に置換した場合には、可動域が健側の2分の1以下であれば用廃として扱われます。

股関節は屈曲・伸展だけではなく、外転・内転など複数の主要運動があります。そのため、単純に「股関節が50度しか曲がらない」だけで用廃と決めるわけではありません。どの主要運動がどこまで制限されているかを確認します。

【10級】股関節の可動域が健側の2分の1以下

大腿骨近位部骨折で比較的問題になりやすいのが10級11号です。国土交通省の等級表では、「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」が10級11号とされています。厚生労働省の関節機能評価では、股関節の主要運動のいずれか一方が健側の可動域の2分の1以下に制限されていれば、「著しい機能障害」として評価します。

例えば、健側股関節の主要運動120度、患側55度であれば、患側は健側の2分の1以下です。数値上は10級相当の可動域制限が問題になります。ただし、重要なのは、その可動域制限が交通事故による大腿骨骨折によって生じたことです。骨折の位置、手術、画像所見、拘縮、変形治癒などとの医学的整合性を確認する必要があります。

【12級】股関節の可動域が健側の4分の3以下

股関節の主要運動が健側の4分の3以下まで制限されている場合には、12級7号が検討対象になります。例えば、健側120度、患側80度であれば、80 ÷ 120 = 約67%です。4分の3以下なので、数値上は12級の可動域基準に該当する可能性があります。国土交通省の等級表でも、「一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」を12級7号と定めています。

股関節は「屈曲だけ」を測ればよいわけではない

股関節の評価で注意したいのが、主要運動が複数あることです。厚生労働省の評価方法では、股関節について複数の主要運動を評価します。主に、屈曲・伸展と、外転・内転です。外旋・内旋は参考運動として扱われます。

股関節の場合、主要運動のいずれか一方が2分の1以下なら著しい機能障害、4分の3以下なら機能障害として評価する考え方です。したがって、「屈曲は比較的良好だった」というだけで12級・10級を否定できるとは限りません。外転・内転側に大きな制限が残っている場合もあります。後遺障害診断書では、必要な方向を漏れなく測定してもらうことが重要です。

「健側との比較」が原則

股関節の柔軟性は人によって異なります。そのため、単純に教科書上の正常値と比較するのではなく、原則として本人の反対側の股関節と比較します。厚生労働省の関節機能評価でも、障害が残った関節の可動域を原則として健側の可動域角度と比較するとされています。

例えば、患側が90度だったとしても、健側120度なら75%、健側150度なら60%です。同じ患側90度でも評価が変わります。そのため後遺障害診断書で、患側だけ測定されているという状態は避けたいところです。

【重要】歩行能力が落ちたから10級になるわけではない

大腿骨近位部骨折で特に誤解されやすいのが、「杖が必要になったので10級になる」「一人で歩けなくなったので8級になる」という考え方です。関節機能障害としての8級7号・10級11号・12級7号は、基本的には関節の機能や可動域によって判断されます。したがって、歩行能力低下そのものが、これらの等級の直接的な認定基準ではありません。

しかし、だからといって歩行能力が重要でないわけではありません。大腿骨近位部骨折は、歩行能力や日常生活能力へ大きく影響する傷病です。日本整形外科学会も、大腿骨頸部骨折では立つことや歩くことが困難になること、骨折後の運動機能低下が重要な問題になることを説明しています。また、大腿骨近位部骨折患者を対象とした研究では、退院時の歩行能力が退院先やADLと関連することが報告されています。つまり、可動域は等級を決めるための中心資料、歩行能力は障害が現実の生活へ与えている影響を示す重要資料として整理すると分かりやすくなります。

歩行能力は「事故前」と「事故後」を比較する

後遺障害の実態を示すためには、「歩きにくいです」だけでは十分ではありません。事故前に何ができ、事故後に何ができなくなったのかを比較します。

項目事故前症状固定後
屋内歩行独歩杖が必要
屋外歩行一人で可能家族の付き添いが必要
歩行距離2km程度300m程度で休憩
階段手すりなし手すり必須
買い物一人で可能家族が同行
外出電車・徒歩タクシー中心
入浴自立浴槽出入りに支障
靴下自分で着脱股関節が曲がらず困難

大腿骨近位部骨折患者の研究でも、退院時には入浴、更衣、階段昇降などで受傷前よりADLが低下し、歩行についても補助具が必要となるケースが報告されています。「歩ける・歩けない」という二択ではなく、どの程度の能力で歩けているかまで整理することが重要です。

「杖で歩ける」だけでは事故前と同じではない

保険会社との交渉では、「杖を使えば歩けています」「仕事にも復帰しています」という理由から、障害による影響が小さいと評価されることがあります。しかし、事故前は杖なし、事故後は一本杖というだけでも身体機能は同じではありません。また、杖で500mなら歩けるという人と、杖で50m歩いたら休憩が必要という人も違います。

大腿骨近位部骨折患者を対象とした研究では、歩行速度や歩幅と退院後の手段的日常生活活動との関連も報告されています。歩行が「自立」と分類されていても、速度や歩幅など客観的な歩行能力には差があります。したがって生活支障や逸失利益を検討する際には、補助具の有無、連続歩行距離、歩行速度、階段能力なども重要になります。

高齢者では「もともと歩けなかったのではないか」が問題になる

大腿骨近位部骨折は高齢者に多いため、交通事故案件では既往症との関係が争われることがあります。例えば事故時80歳の被害者について、次のような既往がある場合です。

  • 変形性股関節症
  • 変形性膝関節症
  • 腰部脊柱管狭窄症
  • 過去の脳梗塞
  • 認知症
  • 骨粗鬆症

保険会社から、「現在の歩行能力低下は事故だけが原因ではない」と主張される可能性があります。この場合に重要になるのが、事故前の具体的な生活状況です。事故前は、次のような事情があれば、その資料を確認します。

  • 毎朝30分散歩していた
  • 一人でスーパーまで歩いていた
  • 階段を使っていた
  • バスや電車で外出していた
  • 介護認定を受けていなかった

一方、事故前から歩行器を使用していた場合には、その点も正確に整理する必要があります。大腿骨近位部骨折患者の歩行予後についても、受傷前のADLや歩行能力が術後の歩行能力と関連することが報告されています。つまり高齢者案件では、事故後だけを見るのではなく、事故前との比較が極めて重要です。

【画像診断】X線・CT・MRIをどう使うか

大腿骨近位部骨折では、画像所見が後遺障害の医学的裏付けとして重要になります。

X線|骨折・骨癒合・人工物・変形を確認

骨折の位置転位骨癒合人工物の状態変形

骨折の位置、転位、骨癒合、人工物の状態、変形などを確認します。日本整形外科学会も、大腿骨頸部骨折が疑われる場合にはX線による診断を行うとしています。

↓

MRI|X線で分かりにくい亀裂骨折を確認

亀裂骨折初期に写りにくい骨折

大腿骨頸部骨折では、亀裂骨折などX線だけでは分かりにくいケースがあります。日本整形外科学会は、X線で判別しにくい亀裂骨折についてMRIで診断できると説明しています。事故直後にX線で「骨折なし」とされたにもかかわらず、股関節痛や歩行困難が続き、後にMRIで骨折が判明したケースでは、初期画像とその後の画像を時系列で確認することが重要です。

↓

CT|骨折形態・骨片・関節面を確認

骨折形態骨片関節面骨癒合後の状態

CTは骨折形態や骨片、関節面、骨癒合後の状態などを詳細に確認するために利用されることがあります。

後遺障害申請では、単に「骨折歴あり」というだけでなく、どのような骨折があり、どのような形で治ったのかを画像で確認することが重要です。

骨頭壊死にも注意する

大腿骨頸部骨折では、骨頭への血流が障害されることがあります。日本整形外科学会も、大腿骨頸部の内側骨折では骨頭壊死に注意が必要と説明しています。骨折直後は骨接合術で治療できても、その後、次のような状態が生じ、人工股関節等への再手術が必要になる場合があります。

  • 大腿骨頭壊死
  • 骨頭圧潰
  • 変形
  • 疼痛増悪

したがって、症状固定を考える際には、「骨折部が一応ついた」という一点だけで判断せず、将来的な骨頭の状態について主治医がどのように評価しているかを確認することが重要です。

【別の等級】脚が短くなった場合

大腿骨骨折では、骨折後に下肢の短縮が残る場合があります。国土交通省の後遺障害等級表では、次のように定められています。

下肢短縮等級
5cm以上の短縮8級5号
3cm以上の短縮10級8号
1cm以上の短縮13級8号

脚長差があると、歩行時の左右差、骨盤の傾き、腰への負担、長距離歩行の困難などにつながる場合があります。股関節の可動域だけに注目していると、この短縮障害を見落とす可能性があります。

大腿骨の変形が残った場合

大腿骨は長管骨です。国土交通省の等級表では、「長管骨に変形を残すもの」について12級8号が定められています。また、厚生労働省の認定基準でも、大腿骨の変形障害や骨癒合不全について具体的な基準が設けられています。したがって、可動域が4分の3以下ではなかったという場合でも、大腿骨そのものに一定の変形が残っていないかを画像で確認します。

偽関節・骨癒合不全が残った場合

交通事故で大きな外力を受け、大腿骨の骨幹部や骨幹端部まで損傷した場合には、骨が十分につかないことがあります。国土交通省の等級表では、一下肢に偽関節を残し著しい運動障害を残すものは7級10号、一下肢に偽関節を残すものは8級9号とされています。厚生労働省の認定基準にも、大腿骨の骨幹部等に癒合不全を残した場合の取扱いがあります。大腿骨近位部周辺の事故では、股関節可動域だけに目を奪われず、骨癒合そのものも確認する必要があります。

可動域が3/4を超えていても「後遺障害なし」とは限らない

例えば、健側120度、患側100度であれば、患側は健側の約83%です。可動域だけなら12級7号の4分の3以下という基準には達しません。しかし、次のような場合には、別の後遺障害を検討する必要があります。

  • 人工関節に置換している
  • 長管骨変形が残っている
  • 脚が短縮している
  • 頑固な疼痛が残っている

国土交通省の等級表には、12級13号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」、14級9号の「局部に神経症状を残すもの」という等級もあります。したがって、可動域だけで大腿骨骨折後の障害すべてを評価しないことが重要です。

【認定で重要な5要素】大腿骨近位部骨折で確認すること

1

骨折の位置・形態と残った障害の医学的つながり

頸部骨折なのか転子部骨折なのか、骨接合術なのか人工骨頭・人工股関節なのかによって評価すべきポイントが変わります。骨折の位置・形態と残った障害が医学的につながっているかを確認します。

2

症状固定時の股関節可動域

患側だけでなく健側を測定し、屈曲・伸展、外転・内転など必要な主要運動が記載されていることが重要です。

3

画像上の客観的所見

骨癒合、変形、骨頭壊死、人工関節、脚長差、偽関節などをX線・CT・MRI等から整理します。

4

事故前後の歩行能力

事故前は独歩だったのか、杖を使用していたのか、事故後に歩行器や介助が必要になったのかを具体化します。

5

現在の生活・仕事への支障

屋内を歩けるというだけでなく、通勤、買い物、階段、長距離歩行、立ち仕事などへの影響を整理します。

この5つが、次の一本の流れで説明できることが重要です。

事故
↓
大腿骨骨折
↓
治療・手術
↓
客観的障害
↓
可動域・歩行能力低下
↓
生活・仕事への支障

歩行能力低下を医療記録に残す

被害者本人が、「事故前より全然歩けません」と感じていても、そのことが医療記録にほとんど残っていない場合があります。リハビリ記録では、次のような点が記録されている場合があります。

  • 歩行補助具
  • 歩行距離
  • 歩行速度
  • 介助レベル
  • 階段昇降
  • 立ち上がり
  • バランス

大腿骨近位部骨折患者について、術後早期の歩行能力がその後の歩行能力やADLと関連するという研究も複数報告されています。後遺障害申請では、後遺障害診断書だけを見るのではなく、リハビリ期間中の歩行能力の推移も確認すると障害の経過を説明しやすくなります。

「歩けるようになった=元通り」ではない

大腿骨近位部骨折では、リハビリによって再び歩行できるようになることがあります。これは治療上非常に重要な改善です。しかし、病院内を杖で歩けるという状態と、事故前と同じ生活ができるという状態は同じではありません。例えば事故前に、次のようなことをしていた人が、事故後は屋内なら杖で歩けるという状態になったとします。

  • 毎日電車通勤していた
  • 階段を利用していた
  • 営業で一日数キロ歩いていた
  • 孫の送り迎えをしていた
  • 買い物を一人でしていた

医学的には「歩行可能」でも、社会生活能力は大きく低下している可能性があります。歩行能力とADLの関係を検討した研究でも、歩行能力が大腿骨近位部骨折後の生活能力と関連することが示されています。

逸失利益では歩行能力が重要になる

8級・10級・12級の等級認定では可動域等が中心になりますが、認定後の損害賠償では仕事への影響が問題になります。例えば10級11号が認定されたとしても、「現在給与が減っていない」として、保険会社から逸失利益を低く評価されることがあります。しかし、現場職で、次のような働き方をしていた人が、事故後は事務作業へ配置転換されたのであれば、単に給与額だけを見るべきではありません。

  • 事故前は一日中立っていた
  • 重量物を運搬していた
  • 階段を頻繁に利用していた
  • 長距離を歩いていた

大腿骨近位部骨折後の案件では、歩行・立位・階段・しゃがみ込みと仕事内容を結び付けることが重要になります。

高齢者の場合は家事・生活能力も重要

高齢者の場合、給与収入がないこともあります。しかし、次のような生活上の影響が生じることがあります。

  • 自分で買い物に行けなくなった
  • 掃除ができなくなった
  • 入浴に介助が必要になった
  • 家族の送迎が必要になった

大腿骨近位部骨折患者を対象とした研究では、退院時に入浴、階段昇降、更衣などのADLが低下することが報告されています。後遺障害の実態を把握する際には、「歩けるか」だけでなく、事故前の自立した生活をどの程度取り戻せているかを見る必要があります。

【低い等級・非該当になりやすいパターン】何を確認するべきか

パターン1

具体的な可動域が記載されていない

後遺障害診断書に「股関節痛・歩行困難」としか記載されておらず、具体的な可動域がない場合には、8級・10級・12級の関節機能障害を判断する材料が不足します。

パターン2

患側しか測定されていない

患側しか測定されていない場合、原則となる健側との比較ができません。

パターン3

屈曲だけで他の主要運動が不足

屈曲だけを測定し、股関節の他の主要運動が不足している場合には、適切な評価につながらない可能性があります。

パターン4

歩行能力が「杖歩行」の一言だけ

「杖歩行」と一言だけ記載するのではなく、事故前の状態、歩行距離、屋外歩行、階段等との比較がある方が障害の実態を説明しやすくなります。

パターン5

事故前の歩行障害との悪化の区別がない

高齢者で事故前から歩行障害があった場合には、今回の事故によってどの程度悪化したのかを区別する必要があります。

パターン6

骨癒合良好という理由だけで後遺障害なしと判断

骨がついていても、股関節拘縮、人工関節、短縮、変形、疼痛などが残る場合があります。骨癒合が良好という理由だけで後遺障害がないと判断してはいけません。

【立証資料】症状固定前に確認しておきたいもの

大腿骨近位部骨折で後遺障害を検討する場合には、次のような資料を一体として確認します。

  • 事故直後のX線・CT・MRI
  • 手術記録/術後画像
  • リハビリ記録
  • 症状固定時の画像
  • 後遺障害診断書
  • 患側・健側の股関節可動域
  • 脚長差の測定
  • 人工関節・人工骨頭の有無
  • 歩行補助具/歩行距離/階段能力
  • 事故前の生活状況

特に高齢者では、事故前の歩行能力を示す資料も重要です。医療・介護記録、家族の説明、勤務状況などから、事故前はどの程度自立していたのかを整理します。

医師との連携で重要なのは「等級を書いてもらうこと」ではない

主治医に、「10級になるように書いてください」と依頼することは適切ではありません。医師に確認してもらうべきなのは医学的事実です。例えば、次のような点です。

  • 骨折の正確な部位
  • 手術方法
  • 骨癒合状態
  • 人工関節の有無
  • 骨頭壊死の有無
  • 股関節拘縮の原因
  • 患側・健側の可動域
  • 脚長差
  • 今後の改善可能性

その医学的事実を後遺障害診断書や画像資料に正確に反映してもらい、その資料をもとに法的な等級を検討するという順番が基本です。

非該当・想定より低い等級だった場合

大腿骨近位部骨折で想定より低い等級となった場合には、単に「歩けないので再審査してください」と主張しても十分ではありません。初回認定で何が評価されなかったのかを確認します。例えば、次の点です。

  1. 健側の可動域が不足していた
  2. 主要運動の一部を測っていなかった
  3. 人工骨頭置換が十分評価されていなかった
  4. 変形障害を検討していなかった
  5. 脚長差の測定がなかった
  6. 画像上の骨頭壊死等が提出されていなかった

異議申立てでは、認定結果への不満ではなく、不足している医学的証拠を補強することが重要です。

【実務】大腿骨近位部骨折で適切な評価を受けるための3つの戦略

戦略 1

症状固定前から股関節可動域を確認する

症状固定時に初めて角度を知るのではなく、リハビリ中の推移を確認しておくと、改善経過と最終的な制限の整合性を説明しやすくなります。

戦略 2

可動域と画像所見をセットで整理する

「股関節が80度しか曲がらない」という結果だけでなく、大腿骨頸部骨折、手術、変形、人工関節、拘縮など、「なぜ80度なのか」を説明します。

戦略 3

歩行能力を事故前後で具体的に比較する

単に「歩行困難」とするのではなく、杖、歩行器、歩行距離、階段、外出、仕事などについて事故前との差を記録します。

この3つを組み合わせることで、等級基準を満たす医学的証拠と、その障害が現実の生活へ与えている影響の双方を整理できます。

まとめ:大腿骨骨折は「股関節が何度動くか」と「実際にどう歩けるか」の両方を見る

この記事のポイントを整理します。

  • ①大腿骨近位部骨折には大腿骨頸部骨折や大腿骨転子部骨折などがあり、骨折部位や治療方法によって後遺障害の問題が異なります。
  • ②股関節の用廃は8級7号、主要運動が原則として健側の2分の1以下なら10級11号、4分の3以下なら12級7号が主な検討対象です。
  • ③人工骨頭・人工股関節へ置換した場合には特別な評価があり、可動域が比較的良好でも10級11号が問題になる場合があります。
  • ④股関節は屈曲だけでなく、複数の主要運動を確認する必要があります。
  • ⑤可動域は原則として健側との比較で評価します。
  • ⑥歩行能力低下そのものは8級・10級・12級の直接的な認定基準ではありませんが、障害の実態や生活・仕事への影響を示す重要な資料です。
  • ⑦高齢者では事故前からの既往症や歩行能力を確認し、交通事故によってどの程度悪化したのかを整理することが重要です。
  • ⑧X線、CT、MRIなどによって骨折形態、骨癒合、変形、骨頭壊死などを確認します。
  • ⑨股関節可動域以外にも、下肢短縮、長管骨変形、偽関節、神経症状など別の後遺障害が問題になる場合があります。
  • ⑩症状固定前から可動域、画像、歩行能力、リハビリ経過を整理し、後遺障害診断書へ正確に反映させることが重要です。

大腿骨近位部骨折は、「手術が終わった」「骨がついた」「一応歩けるようになった」というだけでは、事故前と同じ状態に戻ったとは限りません。特に高齢者では、杖なしで歩けていた人が杖を必要とするようになった、一人で外出していた人が家族の介助を必要とするようになった、階段を使えていた人が使えなくなった、という変化が、その後の生活を大きく左右します。

一方、後遺障害等級については、「歩けないから10級」ではなく、股関節可動域や人工関節、変形、短縮など、自賠責の認定基準に対応する医学的所見を確認することが必要です。したがって、大腿骨近位部骨折では、等級を決める医学的基準と、実生活上の歩行障害を分けたうえで、最後に両者をつなげることが重要です。

大腿骨近位部骨折後に歩行障害が残っている方へ

交通事故による大腿骨頸部骨折・大腿骨転子部骨折等の治療後に、次のような症状がある場合には、示談前に後遺障害の内容を整理してください。

  • 股関節が事故前のように動かない
  • 杖や歩行器が必要になった
  • 屋外を一人で歩けなくなった
  • 人工骨頭・人工股関節へ置換した
  • 脚の長さが変わった
  • 骨折部分に変形が残った

特に、股関節の可動域が健側の2分の1・4分の3付近にある場合や、人工関節へ置換している場合には、測定方法や記載内容によって検討すべき等級が異なる可能性があります。また、高齢者の場合には、「年齢のため歩けなくなった」と処理されないためにも、事故前の歩行・生活能力を具体的に示すことが重要です。事故前後の画像、手術記録、リハビリ記録、後遺障害診断書、可動域、歩行能力を整理したうえで、必要に応じて交通事故・後遺障害に詳しい弁護士と確認することが重要です。

※本記事は一般的な交通事故、大腿骨近位部骨折、関節可動域および後遺障害制度について解説するものであり、個別の法的・医学的アドバイスを目的とするものではありません。実際の後遺障害等級は、骨折部位、手術方法、人工関節の有無、可動域、画像所見、骨癒合状態、既往症、歩行能力、治療経過等によって個別に判断されます。具体的な治療・症状固定については担当医、後遺障害等級・損害賠償については交通事故に詳しい弁護士等へご相談ください。