監修 石田 大輔 (いしだ だいすけ)

名城法律事務所サテライトオフィス 代表

所属 / 愛知県弁護士会 (登録番号42317)

保有資格 / 弁護士

目次

交通事故で人工関節に置換した場合、可動域が比較的良好でも後遺障害10級が問題になります

交通事故で大腿骨頸部骨折、寛骨臼骨折、大腿骨遠位端骨折、脛骨高原骨折などの重い骨折を負い、骨折した関節を温存することが難しい場合には、人工股関節、人工骨頭、人工膝関節などへ置換する手術が行われることがあります。

手術後に痛みが軽減し、「普通に歩けるようになった」「仕事にも復帰した」という場合でも、人工関節へ置換した事実そのものが後遺障害認定上重要な意味を持ちます。

特に重要なのは、人工関節・人工骨頭に置換した場合、可動域が健側の2分の1を超えて残っていても、原則として「関節の機能に著しい障害を残すもの」として10級相当が問題になるという点です。

下肢では、国土交通省の後遺障害等級表上、10級11号「一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」が該当する等級です。一方、人工関節・人工骨頭に置換したうえで、その関節の可動域が健側の2分の1以下に制限されている場合には、8級7号「一下肢の三大関節中の一関節の用を廃したもの」が問題になります。国土交通省の現行等級表でも、一下肢の一関節の用を廃したものは8級7号とされています。

厚生労働省の関節機能障害に関する認定基準でも、人工関節・人工骨頭を挿入置換した下肢の関節について、可動域が健側の2分の1以下の場合を「関節の用を廃したもの」、それ以外を「関節の機能に著しい障害を残すもの」とする区分が示されています。

したがって、「人工関節を入れたが歩けるので後遺障害はない」という理解は正しくありません。また、「人工関節を入れたから必ず10級」とも限りません。可動域が大きく制限されていれば8級となる可能性があるためです。

さらに、人工関節の交通事故案件では、等級認定だけで終わりません。重要になるのが、次の点を損害賠償額へどのように反映させるかという問題です。

  • 仕事への具体的な影響
  • 労働能力喪失率
  • 労働能力喪失期間
  • 日常生活上の制限
  • 将来的な人工関節の摩耗・ゆるみ
  • 再置換手術が必要となる可能性

この記事では、人工股関節・人工骨頭・人工膝関節を中心に、交通事故後の後遺障害等級、8級と10級の境界、生活・仕事への影響、逸失利益、将来の再置換手術まで専門的に解説します。

【一覧】人工関節・人工骨頭の後遺障害等級

人工関節・人工骨頭に置換した場合の基本的な考え方を整理すると、次のようになります。

状態後遺障害の考え方下肢上肢自賠責の労働能力喪失率
人工関節・人工骨頭へ置換し、可動域が健側の1/2以下関節の用を廃したもの8級7号8級6号0.45
人工関節・人工骨頭へ置換し、可動域が健側の1/2を超える関節の機能に著しい障害を残すもの10級11号10級10号0.27

国土交通省の後遺障害等級表では、下肢一関節の用廃が8級7号、著しい機能障害が10級11号とされています。また、自賠責保険の労働能力喪失率表では、8級は45%、10級は27%とされています。

ここで注意したいのは、通常の可動域障害と、人工関節を入れた場合では考え方が異なることです。一般的な関節機能障害では、健側の2分の1以下で10級、健側の4分の3以下で12級が基本です。

⚠️

ところが人工関節・人工骨頭へ置換した場合には、可動域が健側の4分の3を超えている場合でも、原則として10級相当が問題になります。つまり、人工関節への置換という身体的変更自体が、重大な関節機能障害として評価されるということです。

人工関節と人工骨頭は何が違うのか

人工関節と人工骨頭は似た言葉ですが、完全に同じ手術ではありません。

人工骨頭置換術

大腿骨頸部骨折などで、大腿骨頭を人工物に置き換える手術です。股関節は、大腿骨側の「骨頭」と、骨盤側の「寛骨臼」によって構成されています。人工骨頭置換術では、基本的に大腿骨側を人工骨頭に置き換えます。高齢者の大腿骨頸部骨折などで行われることがあります。

人工股関節全置換術

人工股関節全置換術、いわゆるTHAでは、大腿骨頭側だけでなく寛骨臼側も人工部品へ置換します。交通事故によって、次のようなケースで検討されることがあります。

  • 大腿骨頭が大きく損傷した
  • 寛骨臼の関節面が破壊された
  • 外傷後に変形性股関節症が進行した
  • 骨頭壊死等を生じた

人工膝関節置換術

膝関節では、事故による大腿骨遠位端骨折、脛骨高原骨折などによって関節面が大きく破壊され、その後変形性膝関節症が進行した場合などに人工膝関節置換術が必要となることがあります。

人工関節へ置換する手術は、単に折れた骨をプレートやスクリューで固定する手術とは性質が異なります。人工物によって関節そのものの構造を置き換えるため、後遺障害認定でも特別な評価が行われています。

【10級】人工関節に置換すれば可動域が良好でも対象になる

下肢の場合、人工関節・人工骨頭に置換し、可動域が健側の2分の1を超えている場合には、10級11号が基本的な検討対象になります。厚生労働省の障害認定基準では、「人工関節・人工骨頭をそう入置換した関節」のうち、可動域が健側の2分の1以下となる場合を除いて、「関節の機能に著しい障害を残すもの」と整理されています。

例えば人工股関節置換後、健側股関節の可動域120度、患側股関節の可動域90度だったとします。患側は健側の75%です。通常の単純な可動域障害だけで考えれば、「健側の2分の1以下」という10級の数値基準には達しません。しかし、人工股関節へ置換しているという事実があるため、10級相当の評価が問題になります。ここが人工関節案件の非常に重要なポイントです。

【8級】人工関節+可動域が健側の2分の1以下

人工関節へ置換したうえで、可動域が健側の2分の1以下しか残っていない場合には、さらに重い評価になります。下肢の場合、8級7号です。例えば、健側股関節の主要運動の可動域120度、患側股関節55度であれば、患側は健側の2分の1以下です。人工関節等への置換に加え、この程度の可動域制限が残れば「関節の用を廃したもの」として評価される可能性があります。

8級と10級では、損害賠償上も差が大きくなります。

項目8級10級
自賠責保険の労働能力喪失率45%27%
自賠責保険の後遺障害保険金の限度額819万円461万円

ただし、これはあくまで自賠責保険の限度額です。交通事故の最終的な損害賠償額が819万円、461万円で終わるという意味ではありません。実際には、後遺障害慰謝料、逸失利益、将来治療費、その他の損害などを検討するため、重い人工関節案件では損害額が大きくなる可能性があります。

人工股関節の場合に確認する可動域

人工股関節の場合には、「歩けるかどうか」だけで後遺障害を判断しません。股関節には複数の運動方向があります。主なものは、次のとおりです。

  • 屈曲・伸展
  • 外転・内転
  • 外旋・内旋

厚生労働省の関節機能評価基準では、股関節について主要運動と参考運動を区別して評価する方法が定められています。人工股関節置換後に、歩行は可能、階段も上れる、車も運転できるという状態であっても、次のような制限が残る場合があります。

  • 深く曲げられない
  • 足を外側へ開きにくい
  • 靴下を履きにくい
  • 床から立ち上がりにくい

したがって、後遺障害診断書では単に「人工股関節置換術後」と記載するだけではなく、健側・患側双方について必要な方向の可動域を正確に測定しておくことが重要です。

人工膝関節の場合に確認するポイント

人工膝関節の場合には、主に膝の屈曲・伸展を確認します。例えば、次のような問題が残ることがあります。

  • 膝を最後まで伸ばせない
  • 深く曲げられない
  • しゃがめない
  • 正座できない
  • 階段の昇降が難しい

人工膝関節置換術後は、手術によって疼痛や日常生活能力が改善するケースが多い一方、術後の活動能力には個人差があります。人工膝関節置換術後の患者を対象とした研究でも、術後に日常生活能力が改善する一方、活動内容によって回復状況に違いが生じることが報告されています。

したがって、「人工膝関節を入れたから生活に必ず大きな支障がある」と機械的に考えることも適切ではありません。反対に、「手術によって歩けるようになったから仕事への影響はゼロ」と考えるのも早計です。実際の生活・仕事の内容を具体的に分析する必要があります。

人工股関節後の日常生活への支障

人工股関節手術の技術は進歩しており、以前と比較すると日常生活上の制限が少なくなっているとされています。2023年に日本リハビリテーション医学会誌に掲載されたレビューでも、人工股関節全置換術後の日常生活では、手術方法によって注意を要する動作がある一方、多くの動作について従来ほど厳しい制限を必要としなくなっているとされています。

これは交通事故の損害賠償を考えるうえでも重要です。「人工関節だから一生ほとんど何もできない」という主張は、現在の医療水準と合わない場合があります。しかし、制限が完全になくなるわけでもありません。例えば、次のような動作については、本人の状態や医師からの指導内容によって制約が生じる可能性があります。

  • 長時間の立位
  • 長距離歩行
  • 重い荷物の運搬
  • 頻繁な階段昇降
  • 床での作業
  • 中腰姿勢
  • 深いしゃがみ込み
  • 高所作業
  • 激しいスポーツ

人工股関節後の生活動作に関する研究でも、立位歩行、靴下の着脱、床へ腰を下ろす動作などが問題となるケースが報告されています。重要なのは、「人工股関節だから不自由」ではなく、事故前にできていた具体的動作のうち何ができなくなったのかを整理することです。

【重要】10級=必ず27%の収入が減るという意味ではない

自賠責保険の労働能力喪失率表では、10級の労働能力喪失率は27%です。しかし、「10級になったから給料が必ず27%減る」という意味ではありません。労働能力喪失率とは、後遺障害によって将来の労働能力がどの程度失われたかを評価するための基準です。

例えば年収600万円の人が10級になったからといって、600万円 × 27% = 162万円が毎年現実に給与から減るとは限りません。会社員であれば、配置転換や周囲の配慮によって事故前と同じ給与を維持できるケースもあります。

一方で、給与は現時点では減っていないものの、次のような影響が生じている場合もあります。

  • 以前より作業時間が長くなった
  • 同僚に重作業を代わってもらっている
  • 残業ができなくなった
  • 昇進できる職種が限定された
  • 転職できる仕事が減った

したがって、逸失利益の争いでは、現実の減収だけではなく、障害によって労働能力そのものがどう制限されたのかを検討することが重要です。

人工関節で労働能力喪失率が争われやすい理由

人工関節案件では、保険会社から、「手術後は普通に歩けています」「現在も同じ会社で働いています」「給与は下がっていません」などとして、労働能力喪失率や喪失期間を低く評価する主張が出ることがあります。確かに、人工関節置換術によって機能が大きく改善するケースはあります。だからこそ、等級だけを示して「10級なので27%」と主張するだけでは足りない場合があります。

人工関節後の逸失利益を考える際には、少なくとも次の事項を整理します。

1

事故当時の仕事内容

事務職なのか、現場職なのかで影響は異なります。

2

立ち仕事の時間

美容師、調理師、販売員、医療従事者など、長時間立ったまま働く仕事では下肢への負荷が問題になります。

3

歩行量

営業職、配送業、警備、建設業などでは歩行量が多くなります。

4

重量物の取り扱い

重い資材や商品を運ぶ仕事では股関節・膝への負担が増えます。

5

しゃがみ込み・中腰

建設、設備、整備、介護、保育、清掃などでは重要です。

6

階段・高所作業

足場、脚立、階段を頻繁に利用する職種では、転倒リスク等も考慮する必要があります。

7

職場から受けている配慮

配置転換、業務軽減、同僚による補助などがある場合、その内容を記録します。

【裁判例】人工骨頭置換後の10級11号と労働能力喪失率27%

人工関節案件を考えるうえで参考になる裁判例があります。

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奈良地方裁判所葛城支部の判決では、交通事故後に人工骨頭置換術を受けた被害者について、股関節の可動域を健側と比較したうえで、人工関節・人工骨頭への置換に加え、可動域が健側の2分の1以下ではないことから、10級11号に該当すると判断しました。この事案では、被害者は病院で受付事務のパートとして勤務していましたが、裁判所は後遺障害の内容・程度や10級の一般的な労働能力喪失率を考慮し、27%の労働能力喪失を認定しています。

これは、「事務職だから人工股関節による逸失利益はない」とは一概に言えないことを示す一例です。ただし、個別の裁判例ですので、「人工関節10級なら必ず27%が認められる」という意味ではありません。年齢、職業、収入、症状、仕事内容、実際の減収などによって判断は異なります。

現在の収入が減っていない場合でも逸失利益は問題になる

人工関節置換後に職場復帰し、事故前と同じ給与を受け取っているケースがあります。保険会社から、「減収がないので逸失利益もありません」と言われることがあります。しかし、給与が維持されている理由を確認する必要があります。例えば、次のような事情がある場合です。

  • 会社の配慮によって軽作業へ変更された
  • 同僚が重量物運搬を代わっている
  • 家族経営なので給与を維持してもらっている
  • 営業先を減らしてもらった
  • 在宅勤務へ変更された

現在の給与だけを見ると減収はありません。しかし、本人の労働能力が事故前と同じだから給与が維持されているのか、それとも周囲の配慮によって維持されているのかは別の問題です。そのため、次のような資料を整理することが重要になります。

  • 雇用主の証明
  • 業務内容変更の記録
  • 同僚のサポート内容
  • 残業時間の減少
  • 担当業務の変更

自営業者・経営者ではさらに立証が難しい

自営業者や会社経営者の場合、人工関節置換後も売上や役員報酬が下がらないというケースがあります。しかし、次のように、表面上の収入だけでは見えない損失が生じることがあります。

  • 従業員へ現場作業を任せるようになった
  • 外注費が増えた
  • 本人が担当していた顧客訪問を減らした
  • 家族が業務を手伝うようになった

この場合には、次のような点を比較することが重要です。

  • 事故前後の業務内容
  • 外注費・人件費
  • 本人の稼働時間
  • 担当顧客数
  • 現場作業量

単純に確定申告書の所得だけを並べても、人工関節による実際の労働能力低下が見えない場合があります。

家事への影響も無視できない

主婦・主夫の場合にも、人工股関節・人工膝関節による障害は家事能力へ影響します。例えば、次のような動作です。

  • 買い物した荷物を持つ
  • 掃除機をかける
  • 布団を上げ下ろしする
  • 浴室を掃除する
  • 床の物を拾う
  • 子どもを抱える
  • 長時間料理する
  • 階段を使う

特に床生活を伴う家庭では、しゃがむ、膝を深く曲げる、床から立ち上がるという動作の支障が問題になります。家事従事者について逸失利益を検討する場合も、「専業主婦なので給与収入がない」という理由だけで経済的損失がないとは限りません。

【専門論点】将来の再置換手術をどう考えるか

人工関節は一度入れれば、必ず生涯そのまま使えると保証されているものではありません。人工股関節では、長期的に、次のような原因によって再手術や再置換術が必要となることがあります。

  • インプラントの摩耗
  • ゆるみ
  • 脱臼
  • 感染
  • 人工関節周囲骨折

もっとも、現在の人工股関節の長期成績は改善しています。50歳未満で人工股関節全置換術を受けた患者を平均15.8年間追跡した2022年の研究では、非感染性のゆるみによる再置換をエンドポイントとしたインプラント生存率は、カップ98.2%、ステム97.3%と報告されています。別の研究でも、最大10年の追跡で人工股関節インプラントの高い生存率が報告されています。したがって、「人工関節は10年で必ず交換しなければならない」という説明は適切ではありません。

再置換が必要になる時期や可能性は、次のような要素によって異なります。

  • 患者の年齢
  • 活動量
  • 人工関節の種類
  • 手術方法
  • 骨の状態
  • 感染の有無
  • 摩耗やゆるみ

一方、若年者では人工関節とともに生活する期間そのものが長くなるため、将来的な再置換の可能性を検討する意味が大きくなる場合があります。

「人工関節の寿命は○年」と決めつけない

交通事故の損害賠償では、「人工関節は15年で寿命なので、15年後に必ず再手術が必要」というような主張をしたくなるかもしれません。しかし、医学的には人工関節の耐久性には個人差があります。研究によっても長期成績は異なり、現代の人工関節は過去の機種より成績が改善しています。

そのため将来の再置換を損害として主張するのであれば、単なる一般論ではなく、この患者について再置換の必要性がどの程度具体的に予測されているかが重要になります。主治医から、「若年であり将来再置換が必要となる可能性が高い」「画像上すでに摩耗・ゆるみが懸念される」などの医学的見解があるかを確認します。

将来の再手術リスクは慰謝料でも考慮されることがある

先ほど紹介した奈良地方裁判所葛城支部の事案では、裁判所は人工骨頭置換術を受けたこと、日常生活に支障が生じていることに加えて、将来、人工骨頭の入替再手術が必要となることも考慮し、後遺障害慰謝料を判断しています。

これは非常に重要なポイントです。将来の再置換手術について、必ず「将来治療費」という独立項目として全額が認められるとは限りません。一方で、再手術の必要性、将来への不安、身体的負担などが、後遺障害慰謝料の評価事情として考慮される場合があります。したがって人工関節案件では、現在の可動域だけではなく、一生人工関節を抱えて生活することによる将来的な負担まで検討する必要があります。

将来治療費として請求する場合のポイント

将来の再置換手術費を具体的な損害として主張する場合には、単に「いつか交換が必要です」というだけでは十分ではありません。少なくとも、次の点を検討する必要があります。

  • 再置換が必要となる医学的蓋然性
  • 予想される時期
  • 必要な手術内容
  • 入院期間
  • 予想される治療費
  • 再手術による休業期間

特に、「可能性がゼロではない」という程度なのか、「医学的に将来実施される可能性が高い」のかでは証明力が大きく異なります。将来治療費の主張では、主治医や人工関節を専門とする整形外科医の意見が重要になります。

人工関節後に仕事上の制限をどう立証するか

逸失利益を適切に評価するためには、後遺障害診断書だけでは不十分なことがあります。後遺障害診断書は医学的状態を証明する資料であり、「営業職として毎日何キロ歩くのか」「建設現場で何キロの資材を持つのか」までは通常書かれていないからです。

医学的資料

  • 後遺障害診断書
  • 手術記録
  • 人工関節の種類
  • X線・CT画像
  • 可動域測定値
  • 医師による活動制限の指示

職業上の資料

  • 職務内容説明書
  • 勤務表
  • 事故前後の担当業務
  • 配置転換記録
  • 給与明細
  • 残業時間
  • 勤務先による業務配慮の証明

そして、医学的制限と仕事上の具体的動作を結び付けることが重要です。例えば、「右人工股関節のため重量物運搬に制限がある」だけでなく、「事故前は毎日20kg程度の資材を現場内で運搬していたが、主治医から重量物を持つ作業について注意するよう指導され、事故後は同僚が担当している」というように説明します。

【認定で重要な5要素】人工関節案件で必ず確認すること

要素①:事故との因果関係

人工関節へ置換したからといって、それがすべて事故によるとは限りません。例えば事故前から重度の変形性股関節症があり、「事故がなくても近いうちに人工関節手術が必要だった」という問題が出ることがあります。事故前の診療記録や画像を確認し、次のような医学的因果関係を整理します。

事故
↓
骨折・関節損傷
↓
手術
↓
人工関節置換

要素②:人工関節・人工骨頭への置換事実

手術記録、診断書、画像等によって確認します。

要素③:健側・患側の可動域

8級と10級の境界に直結します。患側だけではなく健側も測定することが重要です。

要素④:生活上の具体的支障

歩行、階段、着替え、入浴、買い物、運転、家事などを具体化します。

要素⑤:就労上の具体的支障

職業名だけではなく、実際の作業内容まで整理します。

【低く評価されやすいパターン】人工関節案件で不足しやすい資料

パターン1

人工関節を入れた事実だけで申請する

人工関節置換の手術記録だけでなく、可動域測定が重要です。8級となる可能性があるのに、健側との比較ができなければ適切な評価を受けられない可能性があります。

パターン2

患側しか測っていない

人工関節の8級・10級判定では健側との比較が重要です。左右双方を測定します。

パターン3

「歩けるから問題ない」と整理してしまう

歩行可能であっても、長距離歩行、階段、しゃがみ込み、重量物運搬などに支障が残ることがあります。

パターン4

職種名しか説明していない

「会社員」「自営業」だけでは労働への影響が分かりません。具体的な仕事内容を説明します。

パターン5

将来の再置換について一般論しかない

人工関節には再置換の可能性がありますが、すべての患者に一定時期で再置換が必要になるわけではありません。個別の医学的見通しが重要です。

症状固定はいつになるのか

人工関節置換手術を受けた直後に、すぐ後遺障害等級を決めるわけではありません。手術後はリハビリによって、次のような点が改善する可能性があります。

  • 可動域
  • 筋力
  • 歩行能力
  • 日常生活能力

そのため一定期間治療・リハビリを続け、医学上一般に認められた治療を続けても、これ以上大きな改善が期待できない状態になった時点で症状固定を検討します。人工関節の場合にも、「人工関節を入れた日=症状固定日」ではありません。手術後のリハビリ経過を確認し、主治医が医学的に判断します。

【立証書類】人工関節の後遺障害申請前に確認する資料

人工関節・人工骨頭案件では、次の資料を確認します。

医学的資料

  • 事故直後の診断書
  • X線・CT・MRI
  • 手術記録
  • 人工関節・人工骨頭の種類
  • 退院時記録
  • リハビリ記録
  • 症状固定時の画像
  • 後遺障害診断書
  • 患側・健側の可動域測定値
  • 医師による今後の注意事項・再置換の見通し

生活・仕事の資料

  • 事故前の仕事内容
  • 事故後の仕事内容
  • 配置転換の有無
  • 給与・賞与の変化
  • 休業状況
  • 職場から受けている配慮
  • 日常生活上できなくなった動作
  • 家族による介助・家事代替の内容

人工関節案件は、画像を見れば人工物が入っていること自体は比較的明確です。しかし、最終的な損害額を決めるのは「人工関節が入っている」という事実だけではありません。事故後の人生へどの程度の影響を与えているかを資料で示すことが重要です。

「10級が取れたので終了」ではない

人工関節案件で注意したいのが、「無事10級11号が認定されたので、あとは保険会社の示談案を確認するだけ」と考えてしまうことです。むしろ高額案件では、等級認定後の損害計算が重要になります。特に確認したいのは、次の点です。

  • 逸失利益の基礎収入
  • 労働能力喪失率
  • 労働能力喪失期間
  • 後遺障害慰謝料
  • 将来の再置換リスク
  • 職場での具体的支障
  • 家事への影響

例えば10級が認定されても、保険会社が労働能力喪失率を10%程度しか認めない、喪失期間を10年間に限定する、実収入が減っていないとして逸失利益を否定する、といった争いが生じる可能性があります。等級が同じ10級でも、逸失利益の評価によって最終賠償額には大きな差が生じます。

【実務】人工関節の逸失利益を適切に評価する3つの戦略

戦略 1

職種ではなく「動作」に分解する

「営業職だから影響がある」では抽象的です。次のような動作に分けます。

  • 歩行
  • 階段
  • 車の乗降
  • 荷物運搬
  • 立位
  • しゃがみ込み

そして事故前の業務のうち、それぞれの動作がどれだけ必要だったかを整理します。

戦略 2

減収がない理由を説明する

給与が維持されている場合には、次のような点を確認します。

  • 会社の配慮
  • 同僚の補助
  • 配置転換
  • 残業減少

「収入が同じ」という結果だけではなく、その状態を維持できている理由を説明します。

戦略 3

将来リスクを医学的資料で補強する

若年で人工関節に置換した場合などには、再置換の可能性について主治医へ確認します。一般論として「人工関節には寿命がある」と主張するのではなく、個別の医学的見通しを資料化します。

人工関節でも他の後遺障害が併存する場合がある

交通事故による重度骨折では、人工関節以外の障害が残ることもあります。例えば、次のようなものです。

  • 脚長差
  • 神経障害
  • 骨盤の変形
  • 瘢痕
  • 別の関節の可動域障害
  • CRPS等の神経症状

人工股関節10級11号が認定されたからといって、事故によって残ったすべての障害がその10級だけで評価されているとは限りません。複数の後遺障害が残った場合には、併合等級の問題も検討します。そのため、人工関節だけに目を向けず、事故後に身体へ残った障害を全体として確認することが重要です。

まとめ:人工関節案件では「等級」と「その後の損害」を分けて考える

この記事のポイントを整理します。

  • ①交通事故による骨折等で人工関節・人工骨頭へ置換した場合、可動域が比較的良好でも後遺障害10級が問題になります。
  • ②下肢では、人工関節・人工骨頭へ置換し、可動域が健側の2分の1を超える場合には原則として10級11号が検討対象です。
  • ③人工関節・人工骨頭へ置換し、可動域が健側の2分の1以下に制限されている場合には、8級7号が問題になります。
  • ④自賠責保険上の労働能力喪失率は10級27%、8級45%ですが、実際の逸失利益は職業、仕事内容、収入、障害の影響等によって争われることがあります。
  • ⑤人工股関節・人工膝関節後に歩行や職場復帰が可能となっていても、長時間歩行、重量物運搬、しゃがみ込み、階段、高所作業などに支障が残る場合があります。
  • ⑥現在収入が減っていなくても、配置転換や周囲の援助によって給与が維持されている場合には、労働能力への影響を別途検討する必要があります。
  • ⑦人工関節の長期成績は改善しており、「○年で必ず交換」と決めつけることはできません。
  • ⑧一方、若年者を中心に将来の摩耗、ゆるみ、再置換手術の可能性を検討する必要があるケースがあります。
  • ⑨将来の再置換リスクを賠償へ反映させるためには、一般論ではなく主治医等による個別の医学的見通しが重要です。
  • ⑩人工関節案件では、10級・8級を認定してもらうこと自体だけでなく、その後の逸失利益、後遺障害慰謝料、将来治療費等を適切に評価することが重要です。

人工関節置換術を受けた後、「痛みが減った」「歩けるようになった」ということは、医学的には非常に良い結果です。しかし、手術が成功したことと、交通事故によって失った身体機能や将来の労働能力が存在しないことは同じではありません。事故に遭わなければ、人工関節を体内へ入れて生活する必要はありませんでした。

人工関節とともに生活することによって、仕事の選択肢、身体への負荷、スポーツ、日常生活、将来の再手術などに影響が及ぶ可能性があります。交通事故の損害賠償では、この「事故前との差」を医学的・職業的な資料から具体的に評価することが重要です。

交通事故で人工関節・人工骨頭へ置換した方へ

交通事故による大腿骨頸部骨折、寛骨臼骨折、脛骨高原骨折などによって人工股関節・人工骨頭・人工膝関節へ置換した場合には、示談前に後遺障害等級と損害内容を確認してください。特に、次のような場合には、等級認定と損害賠償の両方を精査する必要があります。

  • 人工関節へ置換しているが後遺障害申請をしていない
  • 10級11号が認定されたが示談額が妥当か分からない
  • 可動域が健側の2分の1以下に近い
  • 仕事へ復帰したため逸失利益はないと言われた
  • 給与は減っていないが業務内容が大きく変わった
  • 将来の再置換手術について医師から説明を受けている

特に人工関節案件では、後遺障害等級が10級または8級となる可能性があるため、逸失利益だけでも賠償額に大きな差が生じることがあります。示談成立後に、「可動域を測定していなかった」「本来8級を検討できた」「仕事への支障を逸失利益へ反映していなかった」「将来の再置換について検討していなかった」と気付いても、追加請求が難しくなる可能性があります。示談前に、人工関節・人工骨頭の後遺障害に詳しい弁護士と、手術記録、可動域、職業上の支障、将来的な医学的見通しまで確認することが重要です。

※本記事は一般的な交通事故、人工関節・人工骨頭、後遺障害等級および損害賠償制度について解説するものであり、個別の法的・医学的アドバイスを目的とするものではありません。後遺障害等級、可動域評価、労働能力喪失率、喪失期間、将来治療費等は、事故態様、受傷部位、人工関節の種類、可動域、既往症、年齢、職業、治療経過、医学的見通しなどによって個別に判断されます。具体的な治療方針は担当医、後遺障害・損害賠償については交通事故に詳しい弁護士等へご相談ください。