監修 石田 大輔 (いしだ だいすけ)

名城法律事務所サテライトオフィス 代表

所属 / 愛知県弁護士会 (登録番号42317)

保有資格 / 弁護士

目次

「事務職なので足の後遺障害は仕事に影響しません」と言われても、逸失利益がゼロになるとは限りません

交通事故で股関節、膝、足首、肩、肘、手首などを骨折し、治療後も関節の可動域制限が残った場合、後遺障害等級だけでなく「逸失利益」が大きな問題になります。

逸失利益とは、交通事故による後遺障害によって労働能力が低下し、将来得られるはずだった収入を失ったことに対する損害です。

国土交通省も、逸失利益を「身体に残した障害による労働能力の減少で、将来発生するであろう収入減」と説明しています。自賠責保険の支払基準では、基本的に年間収入、後遺障害等級に対応する労働能力喪失率、就労可能年数に対応するライプニッツ係数を用いて算出します。

しかし、実際の示談交渉では、

  • 「事務職なので足が多少動かなくても仕事には影響しません」
  • 「事故後も同じ給料をもらっているので逸失利益はありません」
  • 「会社に復帰できているので、労働能力喪失率は14%ではなく5%程度です」
  • 「12級ですが、喪失期間は5年か10年で十分です」

といった主張をされることがあります。ここで重要なのは、後遺障害等級=逸失利益の金額ではないということです。後遺障害等級は身体に残った障害の程度を評価する制度です。

一方、逸失利益では、その障害が、その人の仕事や将来の収入に具体的にどの程度影響するのかが問題になります。したがって同じ足関節12級7号でも、一日中パソコンを使う事務職、建設現場で高所作業をする作業員、毎日数十件を訪問する営業職、大型トラックの運転手、介護職では、仕事への影響が同じとは限りません。逆に、「事務職だから影響ゼロ」と機械的に考えることも適切ではありません。

実際、裁判例には、受付事務の仕事をしていた人工骨頭置換後の被害者について10級の標準的な27%の労働能力喪失率を認めた事例があります。また、事故後に収入が減っていない公務員についても、職場の配慮や本人の努力、将来の職務・異動への影響などを考慮して逸失利益を認めた裁判例があります。この記事では、交通事故による骨折後に8級・10級・12級などの後遺障害が認定された場合を中心に、逸失利益の計算方法、慰謝料との違い、事務職と現場職の違い、減収がない場合の考え方、保険会社から低く評価された場合の反論方法まで詳しく解説します。

【最初に確認】「後遺障害慰謝料」と「逸失利益」は別の損害です

骨折後に後遺障害が認定されると、主に問題となるのが、後遺障害慰謝料と、後遺障害逸失利益です。この2つは同じものではありません。

項目 後遺障害慰謝料 後遺障害逸失利益
補償するもの 後遺障害が残った精神的・肉体的苦痛 将来の労働能力低下による収入への影響
主な基準 後遺障害等級 基礎収入・労働能力喪失率・喪失期間
職業の影響 原則として限定的 非常に重要
年収の影響 原則として直接は影響しない 大きく影響する
争点 等級・慰謝料基準 収入、喪失率、喪失期間、仕事内容

自賠責保険の現行支払基準では、後遺障害慰謝料等について、8級331万円、10級190万円、12級94万円とされています。一方、訴訟や弁護士による交渉で一般的に参照される裁判基準では、後遺障害慰謝料の目安として、8級 830万円、10級 550万円、12級 290万円とされることが一般的です。逸失利益は、この慰謝料とは別に計算します。

したがって、「12級なので慰謝料290万円」だけで損害計算を終えてはいけません。後遺障害によって将来の労働能力に影響がある場合には、さらに逸失利益を検討します。

逸失利益の基本的な計算方法

後遺障害逸失利益は、基本的に次の式で計算します。

基礎収入 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

国土交通省の自賠責支払基準も、年間収入額等に該当等級の労働能力喪失率と就労可能年数のライプニッツ係数を乗じる方法を採用しています。例えば、40歳、会社員、事故前年収500万円、足関節の可動域制限で12級7号というケースを考えます。12級の標準的な労働能力喪失率は14%です。

40歳から67歳までを27年間とすると、現行の自賠責支払基準のライプニッツ係数は18.327です。したがって、

500万円 × 14% × 18.327= 1,282万8,900円

となります。同じ年収500万円、40歳でも、10級なら27%なので、

500万円 × 27% × 18.327= 2,474万1,450円

8級なら45%なので、

500万円 × 45% × 18.327= 4,123万5,750円

です。後遺障害等級と労働能力喪失率の違いによって、逸失利益だけでも大きな差が生じます。

【一覧】骨折後の可動域制限で問題になる労働能力喪失率

関節機能障害で問題となる主な等級を整理すると、次のようになります。

等級 関節機能障害の目安 標準的な労働能力喪失率 弁護士基準の後遺障害慰謝料の一般的目安
8級 関節の用を廃したもの 45% 830万円
10級 著しい機能障害 27% 550万円
12級 機能障害 14% 290万円

自賠責保険の労働能力喪失率表では、8級45%、10級27%、12級14%とされています。ただし、この数字は絶対的なものではありません。裁判や示談交渉では、次のような点があります。

  • 障害の内容
  • 仕事内容
  • 年齢
  • 事故後の収入
  • 配置転換
  • 本人の努力
  • 職場の配慮
  • 将来の昇進・転職への影響

などを考慮して、標準的な喪失率より低く評価されたり、事情によっては異なる評価を受けたりすることがあります。ここが、逸失利益で最も争われやすい部分です。

なぜ「12級=必ず14%」ではないのか

後遺障害等級は、身体に残った障害を一定の基準で分類する制度です。例えば、膝関節の可動域が健側の4分の3以下という人については、職業が何であっても12級7号が問題になります。会社員でも、自営業者でも、建設作業員でも、弁護士でも、後遺障害等級の基準そのものは変わりません。

しかし逸失利益は違います。同じ膝の可動域制限でも、一日中座って仕事をする人と、一日に何十回も階段を上り下りする人では労働への影響が違う可能性があります。そのため、14%という数字は重要な出発点ですが、その人について現実に14%の労働能力低下があるのかを個別に検討することになります。

保険会社はこの点を利用して、「あなたの仕事なら14%も影響しません」と減額を主張することがあります。しかし被害者側から見れば、逆もあります。例えば肉体労働者に重大な足関節障害が残り、実際に配置転換や大幅な減収が発生している場合には、標準的な率だけでは実態を十分に表していないという主張が問題になることもあります。

【重要】
事務職だから足の可動域制限の逸失利益がゼロになるわけではない

足の後遺障害で特に争われやすいのが事務職です。保険会社から、「仕事中は座っているので足首が動かなくても問題ないでしょう」と主張されることがあります。確かに、建設作業員や配送業と比べれば、下肢障害が直接作業へ与える影響が小さいケースはあります。

しかし、事務職といっても、次のような点があります。

  • 通勤
  • 社内移動
  • 階段
  • 会議室への移動
  • 書類・荷物の運搬
  • 外出
  • 出張
  • 顧客訪問
  • 長時間座位
  • 災害時の避難

などがあります。特に膝関節の場合、長時間座った後に立ち上がる、階段を使う、しゃがんで資料を取るといった動作へ影響することがあります。足関節であれば、駅まで歩く、電車の乗り換え、階段、長距離歩行などが問題になる場合があります。

したがって、「事務職」という職業名だけを見て判断するのではなく、その人の実際の一日の仕事を動作単位まで分解することが重要です。

【裁判例】
受付事務でも人工骨頭10級について27%の逸失利益を認定

事務職でも逸失利益が認められた参考事例として、奈良地方裁判所葛城支部平成18年12月5日判決があります。この事案では、64歳の女性が交通事故によって人工骨頭置換術を受け、後遺障害10級11号に相当する障害が問題となりました。被害者は病院で受付事務のパートとして勤務していました。

裁判所は、後遺障害の内容・程度に加え、10級の一般的な労働能力喪失率を参考にし、27%の労働能力喪失率を認定しています。基礎収入約300万円、喪失率27%、12年間を前提に、逸失利益約718万円を認定しました。この裁判例から分かるのは、「受付事務=下肢障害は労働能力に影響しない」と機械的には判断されていないということです。

ただし、この裁判例があるから、すべての事務職で10級なら27%が必ず認められるという意味ではありません。個別事情によって判断は変わります。

【裁判例】
収入が大きく減っていない事務系公務員でも逸失利益を認定

神戸地方裁判所の事例では、交通事故によって右足関節に10級11号相当の著しい機能障害などを残した国家公務員について、逸失利益が争われました。保険会社側は、事務職の国家公務員である、復職している、事故前とほぼ同じ仕事をしている、現実の減収が大きくないとして、逸失利益を否定する主張をしました。しかし裁判所は、仕事には役所内での資料作成だけでなく週3~4日程度の屋外調査もあったこと、事故による欠勤で昇級が遅れたこと、本人が機能訓練などの努力をしながら勤務を続けていたこと、将来の勤務・再就職にも不安があることなどを考慮しました。

その結果、症状固定から60歳の定年までは5%、60歳から67歳までは45%という形で逸失利益を認定しています。この裁判例は非常に示唆的です。裁判所は、「10級だから常に27%」とも、「事務職だから0%」ともしていません。

実際の職務内容、収入への影響、本人の努力、昇進・昇級、将来の就職可能性を個別に評価しています。逸失利益は、まさにこのように判断されます。

【近時の裁判例】
減収のない公務員でも12級7号について10%を67歳まで認定

大阪地方裁判所令和3年2月25日判決では、30代の女性公務員が骨盤骨折後に右股関節機能障害を残し、12級7号が認定された事案が問題となりました。事故後、現実の収入減少はありませんでした。それでも裁判所は、職場から業務上の配慮を受けていること、本人の努力によって就労を継続していること、今後の職務や異動の範囲が制限される可能性などを考慮し、症状固定から67歳まで34年間、10%の労働能力喪失を認定したと紹介されています。

標準的な12級の喪失率14%よりは低い評価です。しかし、「減収なし=逸失利益ゼロ」ではないことを示す典型例です。

現在の給与が減っていなければ逸失利益は認められないのか

必ずしもそうではありません。事故後も給与が変わっていない理由には、さまざまなものがあります。例えば、次のような点があります。

  • 本人が以前より時間をかけて仕事をしている
  • 痛みを我慢して勤務している
  • 同僚が一部の業務を代わっている
  • 会社が業務を軽減している
  • 出張を免除されている
  • 現場仕事から事務へ配置転換された
  • 在宅勤務へ変更された
  • 会社の厚意で給与を維持している

といったケースです。このような場合、給与明細だけを比較すると減収はありません。しかし、労働能力そのものが事故前と同じとは限りません。

重要なのは、なぜ収入を維持できているのかです。裁判例でも、収入減がない場合に、本人の特別な努力や職場の配慮、将来の昇進・転職等への不利益が問題になる考え方が示されています。

【解決事例】事務職・12級7号でも約1,150万円で解決

実際の示談交渉例として、40代男性会社員が右脛腓骨骨折後の右足関節可動域制限について12級7号を取得した事案があります。保険会社は、事故前後で年収が変わっていない、事務職である、足関節の可動域制限が仕事に大きく影響しないなどとして逸失利益を低く提示しました。これに対し弁護士側は、事故の影響で転職せざるを得なかったこと、転職先に昇進・昇給制度がないこと、退職金制度もないこと、事務職であっても業務中に社内を移動する必要があること、本人の努力によって収入を維持していることなどを具体的に主張しました。

その結果、保険会社提示約491万円から、最終的に約1,147万円で示談したとされています。裁判例ではありませんが、「事務職だから影響が少ない」という抽象的な主張に対して、仕事内容を具体化して反論する実務の参考になります。

【職種別】足・股関節・膝の可動域制限が仕事へ与える影響

事務職・デスクワーク

事務職では、保険会社から逸失利益を低く評価されやすい傾向があります。一方で、次のような点があります。

  • 通勤距離
  • 社内移動
  • 階段利用
  • 出張
  • 外勤
  • 長時間座位後の立ち上がり
  • 疼痛による集中力低下

などを確認する必要があります。「座って仕事をする」という一言だけでは実態を表せません。

営業職

営業職では、歩行や移動量が多くなります。駅から顧客先まで歩く、階段を使う、車へ何度も乗り降りする、資料や商品を運ぶ、長時間運転するといった動作があります。下肢障害の影響を説明しやすい職種の一つです。

建設・製造・整備などの現場職

  • 足場
  • 脚立
  • 階段
  • 重量物運搬
  • しゃがみ込み
  • 中腰
  • 不整地歩行

などが日常的に必要になります。足首・膝・股関節の機能障害が安全面へ直接影響するケースもあります。事故後に軽作業や事務へ配置転換された場合には、その事実自体が労働能力低下を示す資料になり得ます。

運転手・配送業

足関節の障害ではアクセル・ブレーキ操作が問題になります。膝・股関節の障害では、長時間座位、車両への乗降、積込み・荷下ろし、配送先での歩行なども確認します。「運転できる」というだけではなく、一日何時間運転するのかまで見る必要があります。

医療・介護・保育職

立ち仕事が多く、患者・利用者の移乗、中腰、しゃがみ込み、階段、緊急時の移動などがあります。足の機能障害が仕事へ影響しやすい職種です。

販売・飲食・美容関係

長時間立位が中心になります。休憩を増やした、勤務時間を短縮した、座ってできる業務へ変更されたなどがあれば、その内容を確認します。

上肢の骨折では「事務職だから影響が小さい」とはさらに言いにくい

肩、肘、手首の可動域制限では、事務職でも仕事への影響が比較的説明しやすくなります。例えば、次のような点があります。

  • パソコン操作
  • マウス操作
  • 書類整理
  • ファイルの出し入れ
  • 電話
  • 荷物を持つ
  • 高い棚の物を取る

といった動作です。特に利き手側の手関節や肘の障害では、作業速度低下、疲労、疼痛、連続作業時間の短縮などが問題になることがあります。したがって逸失利益を考える際には、単に「上肢12級6号」ではなく、右か左か、利き手か、具体的にどの動作が制限されるのかまで整理します。

自営業者・会社経営者の逸失利益はどう計算するか

自営業者や会社経営者では、会社員よりも基礎収入の立証が複雑になることがあります。例えば会社経営者が事故後も同じ役員報酬を受け取っている場合、「減収がないので逸失利益なし」という主張が出ることがあります。しかし実際には、本人の現場作業を従業員が代替した、新たに人を採用した、外注費が増えた、営業活動が減った、本人の稼働時間が減ったといった事情がある場合があります。

自営業者であれば、次のような点があります。

  • 確定申告書
  • 決算書
  • 売上帳簿
  • 外注費
  • 人件費
  • 事故前後の稼働時間

などを確認します。会社の売上減少そのものと、本人個人の逸失利益は同じではありません。事故によって本人の労働価値がどの程度低下したのかを切り分ける必要があります。

家事従事者にも逸失利益は認められる

専業主婦・主夫などの家事従事者は給与を受け取っていませんが、家事労働には経済的価値があります。自賠責支払基準でも、家事従事者について全年齢平均給与額等を基礎として逸失利益を算定する仕組みがあります。骨折後に、次のような点があります。

  • 掃除
  • 洗濯
  • 買い物
  • 料理
  • 子どもの送迎
  • 浴室掃除
  • 布団の上げ下ろし

などに支障が残る場合には、家事能力への影響を具体的に確認します。「収入がないから逸失利益もない」という考え方ではありません。

【重要】逸失利益を左右する3つの数字

逸失利益の計算では、基礎収入労働能力喪失率労働能力喪失期間の3つが特に重要です。このいずれか一つが低くなるだけでも、損害額は大きく変わります。例えば、40歳、年収500万円、12級7号について、被害者側が、500万円14%27年間と主張する場合、逸失利益は約1,283万円です。

一方、保険会社が、500万円5%10年間と評価した場合、10年間の現行3%ライプニッツ係数8.530を使うと、約213万円です。差額は、約1,070万円になります。同じ12級という等級が認定されていても、喪失率と期間だけでこれだけ差が出る可能性があります。

だからこそ、逸失利益は「等級が認定された後」の交渉が重要です。

基礎収入は何を使うのか

会社員の場合には、事故前の実収入が重要な基準になります。源泉徴収票、給与明細、所得証明書などから確認します。自賠責支払基準では、有職者について事故前1年間の収入額と年齢別平均給与額を比較する仕組みがあり、35歳未満など一定の場合には全年齢平均給与額等も考慮されます。

ただし、民事上の最終的な損害賠償では、将来的にどの程度の収入を得られた蓋然性があるかを個別に判断するため、自賠責の計算方法がそのまま裁判の結論になるとは限りません。例えば若年者で、事故後に昇給する可能性が高かった、資格取得が予定されていた、正社員登用が具体化していたといった場合には、その立証が問題になることがあります。

労働能力喪失期間は何年になるのか

若年・中年の被害者では、一般に67歳までが一つの重要な基準です。現行の自賠責の就労可能年数表でも、52歳未満については67歳と本人の年齢との差を就労可能年数とする仕組みが採用されています。52歳以上では平均余命の2分の1を基礎に就労可能年数を設定する方式です。

ただし、実際の裁判では、次のような点があります。

  • 障害の内容
  • 年齢
  • 職業
  • 回復可能性
  • 定年制度
  • 再就職可能性

などによって個別に判断されます。特に神経症状では一定期間に限定されることがありますが、骨折後の関節拘縮や人工関節など、身体構造上の障害が残るケースでは、「時間が経てば治るので10年だけ」という主張が当然に通るわけではありません。

現在のライプニッツ係数は3%で計算される

逸失利益は、将来数年から数十年にわたって発生する損害を一時金で受け取るため、中間利息を控除します。現在はライプニッツ係数を用いて現在価値へ換算します。法務省によれば、2026年4月1日から2029年3月31日までの法定利率は引き続き年3%です。

そのため、現在の係数は過去の法定利率5%時代より大きくなっています。例えば27年間なら、現行の係数は18.327です。古い判例や古いウェブ記事には5%時代の係数が掲載されていることがありますので、現在の事故について計算するときに古い係数をそのまま使用しないよう注意が必要です。

【保険会社からよく出る主張①】
「事故後も給料が減っていません」

この主張に対して確認するのは、なぜ減っていないのかです。例えば、次のような点があります。

  • 有給休暇を利用した
  • 会社が給与を補償した
  • 業務を軽減してもらった
  • 残業を免除してもらった
  • 同僚に仕事を代わってもらっている
  • 本人が痛みを我慢している

といった事情があります。給与額だけではなく、事故前と同じ労働を同じ負担で行えているかを確認します。

【保険会社からよく出る主張②】
「事務職だから足の障害は影響しません」

この場合には、仕事内容を動作へ分解します。例えば、次のような点があります。

  • 片道40分の電車通勤
  • 駅構内で階段を利用
  • 一日10回程度別フロアへ移動
  • 週2回の外勤
  • 月数回の出張
  • 書庫から資料を運ぶ

などです。「一般事務」という肩書だけでは見えない部分を説明します。裁判例でも、「事務職」という名称だけではなく、屋外調査を伴う具体的な勤務内容まで確認されています。

【保険会社からよく出る主張③】
「もう仕事に慣れています」

障害に適応することと、障害がなくなることは別です。例えば足首が以前の半分しか動かない状態で、歩き方を工夫した、階段を避けるようになった、エレベーターを使うようになった、車通勤へ変更したというケースがあります。これは、「障害が治った」のではなく、生活側を障害に合わせて変更した可能性があります。

本人の努力による適応を理由に逸失利益を過度に減額されないよう、その事情を記録することが重要です。

【保険会社からよく出る主張④】
「歩けるので労働能力への影響は小さい」

歩行可能かどうかだけでは判断できません。100m歩けるのか。5km歩けるのか。

階段はどうか。坂道はどうか。長時間立てるのか。

しゃがめるのか。一日8時間の勤務を継続できるのか。仕事内容によって必要な能力は異なります。

特に関節可動域障害では、できる・できないの二択ではなく、どの程度の負担を伴ってできるかまで確認します。

【保険会社からよく出る主張⑤】
「12級でも逸失利益は5年・10年で十分です」

この主張も障害内容によって検討する必要があります。骨折後の関節可動域制限が、骨の変形、関節面損傷、拘縮、人工関節など器質的な原因によって残っている場合には、単なる一時的な症状とは異なります。症状固定時の画像所見や医師の意見を確認し、将来改善する医学的根拠があるのかを検討します。

「何となく10年」という期間設定ではなく、医学的根拠が重要です。

【実務】逸失利益を立証するために集めたい資料

逸失利益の交渉では、後遺障害診断書だけでは足りないことがあります。医学的な障害と仕事上の支障をつなげる資料が必要です。

分類 確認したい資料
医学 後遺障害診断書、X線・CT・MRI、可動域測定、手術記録、リハビリ記録
収入 源泉徴収票、給与明細、所得証明、確定申告書
仕事内容 職務内容説明書、雇用契約書、業務マニュアル
事故後の変化 配置転換通知、勤務時間、残業時間、出張回数
職場の配慮 上司・会社の証明、同僚による代替業務
将来への影響 昇進・資格・異動・転職に関する資料

大切なのは、医療資料と仕事の資料を別々に出さないことです。例えば、「右足関節背屈制限」という医学的事実と、「一日3時間の現場巡回が困難」という仕事上の支障をつなげます。

【実務】仕事内容は「職種名」ではなく一日の行動に分解する

保険会社との交渉で、「私は営業職です」「私は事務職です」と説明するだけでは不十分です。例えば事務職なら、8:30 駅から会社まで徒歩15分9:00 デスクワーク10:30 別フロアで会議12:00 外へ昼食14:00 取引先へ訪問16:00 資料を倉庫から運搬18:00 退社というように分解します。事故後に、エレベーターしか使えなくなった、訪問を同僚に代わってもらった、出張がなくなった、徒歩通勤から車通勤へ変えたなどがあれば、その変化を記録します。

このようにすると、「事務職だから足は使わない」という単純な議論から、実際の労働能力がどう変わったかという本来の議論へ移すことができます。

【増額交渉】保険会社の計算書は3か所を必ず確認する

保険会社から示談案が届いたら、逸失利益の総額だけを見るのではなく、計算式を確認します。見るべきなのは、基礎収入労働能力喪失率喪失期間です。例えば、基礎収入500万円、12級、40歳なのに、基礎収入400万円、喪失率5%、10年間として計算されていれば、その理由を一つずつ確認します。

問題を一括して、「示談金が安い」と主張するより、

  • 「基礎収入がなぜ400万円なのか」
  • 「14%ではなく5%とする医学的・職業的根拠は何か」
  • 「器質的障害なのに10年へ限定する根拠は何か」

と分解して交渉する方が合理的です。

【増額のポイント】減収がない人は「努力」と「配慮」を資料化する

減収がないケースでは、本人の努力、職場の配慮を証拠にします。例えば、次のような点があります。

  • 事故前より30分早く出勤している
  • 休憩時間を増やしている
  • 重い荷物を同僚が運んでいる
  • 外勤を免除されている
  • 在宅勤務日を増やした
  • 部署を変更した

といった内容です。会社に簡単な書面を作成してもらい、事故前の業務、事故後できなくなった業務、現在会社が配慮している内容を具体的に示す方法があります。「給与は同じ」という結果の裏側を見せることが重要です。

【増額のポイント】将来の不利益も確認する

逸失利益は現在の給与だけの問題ではありません。例えば、管理職になるためには現場経験が必要、将来転勤が必要、営業職への異動が昇進条件、海外出張がある、身体検査が必要な職種といった場合があります。現在の部署では勤務できていても、障害によって将来の職務選択が狭くなる可能性があります。

神戸地裁の事例でも、昇級への影響や定年後の再就職可能性が考慮されています。

「標準喪失率より高く認めてもらう」ことだけが目的ではない

逸失利益交渉では、「12級だから14%を絶対に取る」「現場職だから20%に上げる」という発想だけでは十分ではありません。重要なのは、事故がなければ得られたはずの収入と、事故後の労働能力低下を合理的に評価することです。実態によっては標準率を下回る判断がされる場合もあります。

一方で、仕事への影響が極めて大きい場合には、標準率だけで十分かが問題になることもあります。等級表の数字は重要な基準ですが、最終的には、次のような点があります。

  • 医学的障害
  • 職業
  • 実際の仕事内容
  • 現実の減収
  • 本人の努力
  • 職場の配慮
  • 将来的な不利益

を合わせて評価します。

【やってはいけない対応】逸失利益を減らしやすい5つのミス

第一に、保険会社の示談書で「逸失利益○円」と書かれているだけで、その計算式を確認せず示談することです。第二に、会社員で収入が減っていないため、自分には逸失利益がないと思い込むことです。第三に、仕事上の支障を主治医にも弁護士にも伝えていないことです。

第四に、「仕事がつらい」という抽象的な説明だけで、具体的な動作や職場の配慮を資料化していないことです。第五に、後遺障害等級が認定されたことで安心し、示談額の計算を精査しないことです。後遺障害等級はゴールではありません。

等級を正しい損害賠償額へ反映させて初めて、後遺障害認定の意味があります。

【実務チェックリスト】示談前に確認するポイント

逸失利益については、まず後遺障害等級と障害内容を確認します。次に、保険会社がどの基礎収入を使っているか、どの喪失率を使っているか、喪失期間を何年としているかを確認します。さらに、事故前後の仕事内容、給与、残業、昇進、配置、通勤方法、会社から受けている配慮を比較します。

医学面では、可動域制限が客観的に残っているか、画像上の器質的変化があるか、今後改善する可能性について医師がどう評価しているかを確認します。この「医学」「仕事」「収入」の3つがつながって初めて、逸失利益を説得的に説明できます。

弁護士へ相談するタイミング

骨折後に後遺障害等級が認定された場合、保険会社から示談案が来てから相談しても対応できるケースはあります。しかし、次のような点があります。

  • 重い関節機能障害が残りそう
  • 配置転換になった
  • 退職した
  • 減収が発生している
  • 会社の配慮で勤務を続けている
  • 自営業・会社経営者である
  • 保険会社から「事務職だから逸失利益は少ない」と言われた
  • 喪失率を等級標準より低く提示された
  • 喪失期間を5年・10年に限定された

という場合には、示談前に内容を精査する意味があります。特に逸失利益は将来数十年間の損害を一度の示談で確定するため、計算条件のわずかな違いが数百万円、場合によっては1,000万円以上の差につながります。

まとめ:逸失利益は「何級か」だけではなく
「その障害で仕事がどう変わったか」で決まる

この記事のポイントを整理します。

  • 骨折後に後遺障害が残った場合、後遺障害慰謝料とは別に逸失利益を請求できる可能性があります。
  • 逸失利益の基本式は「基礎収入×労働能力喪失率×喪失期間に対応するライプニッツ係数」です。
  • 自賠責上の標準的な労働能力喪失率は、8級45%、10級27%、12級14%です。
  • ただし、後遺障害等級と逸失利益の喪失率が必ず一致するわけではなく、仕事内容や現実の影響を個別に評価します。
  • 「事務職だから足の可動域制限は仕事に影響しない」と機械的に判断することはできません。
  • 現在の給与が減っていなくても、本人の努力や職場の配慮によって収入を維持している場合には、逸失利益が認められる可能性があります。
  • 実際の裁判例でも、受付事務の人工骨頭10級について27%の労働能力喪失率が認められた例があります。
  • 一方、事務職・公務員について標準率より低い喪失率を認定した裁判例もあり、職業と障害の具体的な関係が重要です。
  • 保険会社から示談案を受け取ったら、基礎収入・喪失率・喪失期間の3項目を必ず確認する必要があります。
  • 医学的な可動域制限と、通勤・移動・立位・階段・運転・現場作業など実際の仕事上の支障を結び付けて立証することが重要です。

交通事故の逸失利益では、「給料が下がったか」だけを見るわけではありません。事故前と同じ給与を受け取っていても、事故前と同じ能力で働いているとは限りません。本人が以前より努力している。

会社が業務を軽減している。同僚が仕事を代わっている。将来の昇進や転職の選択肢が狭くなった。

そうした事情も含め、事故がその人の将来の労働能力へ何をもたらしたのかを見る必要があります。反対に、後遺障害等級が認定されたというだけで、標準喪失率による逸失利益が必ず全額認められるわけでもありません。だからこそ、後遺障害等級+医学的障害+具体的な仕事内容+事故前後の変化を一体として整理することが重要です。

骨折後の逸失利益を保険会社から低く提示されている方へ

交通事故による骨折後に肩、肘、手首、股関節、膝、足首などの可動域制限が残り、

  • 「事務職なので逸失利益は少ない」
  • 「給料が下がっていないので逸失利益はありません」
  • 「12級ですが5%で計算します」
  • 「67歳までではなく10年間で計算します」

などと説明されている場合には、示談前に計算内容を確認してください。特に、次のような点があります。

  • 事故後に仕事内容が変わった
  • 配置転換を受けた
  • 外勤や出張を減らしている
  • 残業できなくなった
  • 職場の同僚に仕事を代わってもらっている
  • 痛みを我慢して勤務している
  • 転職・昇進への影響が考えられる

というケースでは、現在の給与額だけでは労働能力への影響を正しく評価できない可能性があります。保険会社から提示された逸失利益について、基礎収入はいくらか労働能力喪失率は何%か喪失期間は何年かを確認し、医学的資料と仕事内容を照らし合わせて検討することが重要です。一度示談が成立すると、原則として後から「逸失利益の計算が低すぎた」として追加請求することは難しくなります。

骨折後に後遺障害等級が認定された場合には、示談前に交通事故・後遺障害に詳しい弁護士へ損害計算を確認してもらうことが重要です。

※本記事は一般的な交通事故、骨折、後遺障害慰謝料および逸失利益について解説するものであり、個別の法的・医学的アドバイスを目的とするものではありません。実際の逸失利益は、後遺障害等級、障害内容、年齢、職業、基礎収入、事故後の収入、勤務状況、職場の配慮、将来の就労可能性等によって個別に判断されます。また、掲載した裁判例は個別事案の判断であり、同一等級・同一職種について同じ結論が保証されるものではありません。具体的な損害賠償額については、交通事故に詳しい弁護士等へご相談ください。